訪問の日
ピンポンと、玄関のチャイムが鳴る。
読んでいた小説から顔を上げて時計の針を見れば、12時50分を指していた。
如月に『このくらいの時間なら落ち着いているだろうし大丈夫だ』と伝えた時刻が13時。それの10分前。彼女のことだ。早めに行動していても、なんらおかしくはない。
「うわ、え!?」
ヤバいと思い、急いで部屋を出た。しかし、時既に遅しである。
「はーい」
母が玄関のほうへ向かう音がする。次いで、玄関の扉を開く音が聞こえた。間に合いそうにもない諦めから、徐々に遅くなっていく俺の足取り。
どうして時計をきちんと見ていなかったのだろう。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
「こんにちは」
聞き慣れた明るい声が、家の中に響き渡る。それがなんだか新鮮で良さを感じてしまったが、今はそれどころではない。
「こんにちは」
問題は、如月と初対面になる母だ。一言だけの挨拶からも、困惑の色がこれでもかというくらい伝わってくる。彼女に対して、なにか失礼なことを言わなければ良いのだが……。おそるおそる、遠くから様子を見守る。
「失礼ですけど、どちらさまでしょうか?」
「はじめまして。私、北斗さんと同級生の如月那緒と申します。いつも北斗さんには、大変お世話になっております」
「まあ、ご丁寧にありがとう。うちの北斗こそ、いつもお世話になってます。今日は、どうしてうちに?」
「本日は、北斗さんに勉強を教えてもらうために伺いました。早速お世話になる形になってしまい、申し訳ありません。こちら、つまらないものですが……よろしかったら、ご家族でお召し上がりになってください」
「あらあら、そんな」
「あ、北斗さん! こんにちは!」
玄関から離れたところで見ていたのだが、彼女に気付かれてしまった。かくれんぼで誰かを見つけた時のように、笑顔でこちらに手を振る。それに振り返しながら、玄関へと近づく。
「こ、こんにちは」
変に気を張っていたせいで、声が裏返ってしまう。
「どうしたんですか? 風邪でしたら、日を改めますけど」
「ああいや、違う違う! なんでもないから。あがってもらうけど、いいよな?」
「もちろんいいわよ。さ、あがってあがって」
「お邪魔します!」
客人用のスリッパを彼女に履いてもらい、二階にある俺の部屋へと招く。
「ここが、北斗さんの部屋……!」
一体俺の部屋のどこにキラキラと目を輝かせる要素があるのだろうか。そう思いながらも、彼女のために椅子を引く。
「お茶とお菓子を持ってくるから、勉強用具でも広げながら待っててくれ」
「分かりました」
ちょこんと椅子に座る彼女のかわいさをずっと見つめていたい欲に打ち勝ち、キッチンに向かった。
そこには案の定、母親が立っている。なにを言っても地雷を踏みかねないと思ったので、目線すら合わせずに冷蔵庫に手をかけた。
「アンタ、美人局って知ってる?」
開口一番に、ひどいことを聞いてくる親である。
「き、如月はそんなんじゃないから」
動揺しつつも、否定を返す。
「それじゃあ、アンタとあの子はどういう関係なわけ?」
「……恋人」
素直になるべきかどうか迷ったが、嘘をついたら後で苦労するだけだ。今後のことを考えると、素直になっていたほうがいいだろう。
「本当に!?」
「なんで疑うんだよ!」
「だって、幹典君以外の友達を連れてくる気配もなかった矢先にやって来たのがあの如月ちゃんなのよ? しかも、恋人だなんて。心配してしまうのも、無理はないと思うけど」
ごもっともである。これで普段から幹典以外ともきちんと交流があればなにも思われなかったのだろう。うまく反論する手立てがない。
「でも本当に恋人だし、如月は美人局なんかじゃないから」
母親の目を正面から見据えて、そう否定する。彼女は信頼出来るのだと、目線と声色で伝えた。
「そう。それならいいのよ」
思っていたよりもあっさりと引き下がった母親に、ほっと胸を撫で下ろす。
「私、今日は家にずっといるからね」
そのままお茶とお菓子を取り出して持っていこうとする背に、声がかけられた。いきなりなんなんだろうと振り返る。
「それは朝に聞いたから知ってるけど」
振り返って見た母親の目は、すごく生暖かい視線をこちらへ向けていた。たとえるならば、幼い子どもの行動を見守っているような視線である。
「……なに?」
「なんでもない」
「はぁ……」
釈然としないまま、部屋へ戻っていくのであった。
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