35. 星になる
「星……」
晴れた夜空にはたくさんの星が瞬いていた。
「星はどこを歩いていても、雲や建物が邪魔をしない限り、空を見上げればそこにあるだろう。振り向いたらいつも傍にいる、そんな人だった。人が死んだら星になるなんて言うけど、母さんならもしかしたら本当に、あれらの星のどこかで今も見守ってくれているかもしれない」
お父さんの言葉を聞いて、あの星だと私は閃いた。
いつか見た、私みたいなひとりぼっちの星。寂しいときに空に輝いていた、ひとりぼっちのあの星だけが、私を見守ってくれているような気持ちになったんだ。
「私、お母さんの星は金星な気がする。この前、夕方に宵の明星を見たの」
「金星か。とても強く輝く星だな」
「うん」
まだ暮れきっていないのに見えるくらい、空で輝いていた。私はここにいるよってお母さんからのメッセージだったのかもしれない。
明るい昼間は気付かないだけで、空から見守ってくれている。夜中だって空には見えなくても、宇宙で地球ごと見守り続けている。そんな気がするんだ。
「私、金星はひとりぼっちで、私みたいな星だと思ってた。でも、違った」
「仲間がたくさんいるもんな」
夜空を見つめながら頷いた。
きっと空をよく見れば、他の星だってわずかには見えたはずだ。もしかしたら月もあったかもしれない。
夜が深くなり、金星が沈んで見えなくなって、たくさんの星と一緒に輝いているところが見られなくても、いつでも宇宙にはたくさんの星がある。
今、輝いている星たちは一つ一つとても遠くに離れてはいるけど、仲間なんだ。決して、ひとりぼっちなんかじゃない。
私はそのことに気付いてなかった。いや、もしかしたら気付いていたのに、目をそらしていたのかもしれない。
自分だけが一人だなんて思いたくなくて、星のたくさん輝く空を見ないようにしていた。
でも、全てが間違っていたのだ。私は一人なんかじゃない。
隣にはお父さんがいる。
お父さんの体温を間近に感じながら、公園の入り口に目を向けた。
崇さんがズボンのポケットに手を突っ込んで、こちらを見ている。
そう、崇さんもいる。
家では真衣が待っている。
友だちがたくさんいる子に比べたら、数は少ないのかもしれない。それは私が努力して来なかった結果だ。
それでも、無条件に隣にいてくれるお父さん。
出会ったばかりなのに、ここまで着いてきてくれる崇さん。
友人として手がかかるだろうに、ずっと友達でいてくれる真衣。
そして、恐らく空から見守ってくれているだろうお母さん。
周りには四人もの人がいた。
私はたくさんの星を見ないようにしていたように、そばにいてくれる人から目を背けていたんだ。
こんな私を思ってくれる、みんなの気持ちに応えたい。みんなが困ったときには、今度は私も力になりたい。優しさを返したい。
私は一人じゃない。
「ねえ、今度またお母さんのことを教えて」
「ああ、そういえば、写真も見せたことがないのか。父さんの部屋にあるんだ」
私はお父さんを見た。
「捨てたわけじゃないんだ……」
「そんなわけないだろう。大事に保管している。ただ、小さい頃の茜は写真を破って遊んだから、茜の手の届かないところに仕舞って、そのままになっているんだ」
「私、そんなことしたの?」
「ああ。写真に落書きもされたな」
お父さんは思い出すように笑った。
「うー、ごめんなさい。もうそんなことしないから」
「わかってるよ。さて、帰ろうか」
お父さんは立ち上がった。
「そうだね、崇さんと真衣も待たせてしまってるし」
「真衣ちゃんも?」
「うん、家で待ってくれてるよ」
私も立ち上がると、二人で崇さんの元へ行った。
崇さんは「仲直りできたみたいで良かったな」と笑い、私たちは家へと歩き出した。
仲直りと言われて気づく。お父さんと喧嘩したのは初めてだ。
今までは喧嘩にもならないくらい、無関心でいたんだ。
お父さんが私に寄り添ってくれるのを待つばかりではなく、私からも歩み寄らなければいけない。
「あ、崇さん、ごめんなさい。せっかくご馳走を作ってもらったのに……」
「本当になー」
「う……」
そんなことないよ、と言ってくれるのを想像していたので、返事に詰まった。
私はちらし寿司を作るだけでも2時間近くかかったというのに、崇さんは何時間かけて用意をしてくれたんだろう。
好意を踏みにじってしまった。反省することが多すぎる。
「ま、温めたら食べられるから」
崇さんは私の肩にぽんっと手を置いた。
その手が温かくて、嬉しいと同時にこそばゆい。この手がずっとそばにあればいいのに、とそんなことを思ってしまう。
「そうだな。遅くなってしまったが、茜の誕生日だ。今からでもお祝いの仕切り直しだ」
父の言葉に崇さんがうなずく。
「ケーキもあるしな」
「そういえば、あのケーキってもしかして崇さんかお父さんが買ったものなの?」
「ああ、オレが注文しておいたんだ。お金は親父さん。でも、料金以上にサービスしてくれるって言ってたから、きっと豪華なケーキだぞ」
崇さんの言葉に、目を輝かせた。
帰宅してからのことを考えると、気持ちが浮上してくる。
「ありがとう、二人とも。それは楽しみ! 明日、もう一度店長にもお礼を言っておかなきゃ。あ、そういえば」
私は放り出してしまった包みのことを思い出し、お父さんを向いた。
「プレゼントは何だったの?」
「まあ、それは開けてからのお楽しみということで」
「ふふ、楽しみだなー!」
「いや、そんなに期待しないでおくれ。若い女の子の喜ぶものなんてわからなくてだな……」
急に焦り出すお父さんを見ていると、おかしくなる。
きっとまだまだ知らないお父さんの一面はたくさんあるだろう。
人は自分以外の人をどこまで理解できるのか。
そうは思うけど、私はもっとお父さんを知っていきたい。
笑いながらふと立ち止まり、顔を真上に上げる。視界いっぱいに星が瞬いでいる。
お母さんがどこかで微笑んでいる気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます