灼熱の再会

「止まれ。 それ以上寄るな」


「あなた……、何してるんです?」


制止を無視した彼女は、しきりに譫言うわごとを吐きながら、少しずつヨロヨロと歩を進め始めた。


その様子はまことに気味が悪く、不覚にも、彼の足が後退あとずさった。


恥を忍んで言うと、この女は怖い。


これまでにまみえたどんな悪党よりも恐ろしく、如何いかなる聖賢せいけんよりも、余程におそろしいものだった。


この女と関わってはいけないと、本能の部分が声高に叫んでいるようだった。


「……母さんが帰ってきたの、さっき。 体のあちこちが、焦げ跡だらけだった」


「は?」


「命に別状なくて良かったよ。 て言うか、もうあんまり無理して欲しくはないんだけど、聞いてくれないの。 娘の言うこと」


「そ? つーか、アンタ」


「なんで、あんな事したの?」


「なに?」


意図をはかりかねた矢先、下っ腹にスッと冷感を覚えた彼は、脱兎のごとく後方へ跳んだ。


途端に電柱の残骸がけ落ち、ガラス質とも粘土質ともつかない異容で、アスファルトの上にベタベタと散乱した。


「野郎……!」


これはヤバい。


まさか自分の他にも、息吐いきつくように灼熱を操ることのできる才物がいるとは。


いや。 今はそれよりも、


「ちょっと待て! アンタのおかあなんざ知らねえや!」


「は? “知らねえ”……?」


「人違いすんな! 俺はなにも」


「うっさい!!!」


雷鳴のような怒号に続き、金棒による容赦のない猛襲が、向こう見ずに殺到した。


った!」


これをからくも避けたものの、巻き添えを食ったガードレール・花壇の屑物が気ままに炸裂し、対人爆薬のように肌身を襲った。


「この……っ!」


話の通じる相手じゃない。


瞬時に敵のじつを見澄ました彼は、ともかく小刀しょうとうを構えて、なけなしの防備を整えた。


そんな小刀を目掛けて、再び獰猛に疾走した金棒が、渾身こんしんの衝突をくれた。


重い圧迫感が手首から腕部を駆け上がり、それらが終着するところの肩口が、信じられない音で鳴った。


「折れた……! てめえ!!!」


「おらぁ!!!」


尚も彼女は猛攻をめず、大いにひるむ彼の土手っ腹に、小気味のよい拳打を数発ほど叩き込んだ。


たまらず逃走をはかった彼は、嘔気おうきを必死にこらえ、折りよく閉鎖した踏切の遮断機を越えて、一時いっとき寸暇すんかを用立てた。



「バカ野郎……!」


けたたましい音を立てて、列車が通過してゆく。


まるっきりの一時凌いちじしのぎではあるが、頭の中をまとめる余暇よかとしては充分か。


果たして、あの女は……


「あ!?」


そう考えた矢先、猛然と飛来した金棒が、通過中の回送車、その横腹を食い破り、彼のひたいを直撃した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る