葛藤の是非

友を救おうと、必死に己を奮い立たせる少年。


腰を抜かしたか、その場にペタリと座り込む少女。


残る一名は、気がれたようにゲラゲラと笑い転げていた。


彼岸うちが地獄なら、この世も地獄か。


救いなんぞ何処どこにも無い。


つまるところ、あれは助ける必要が無い。


もとい、あの程度の苦境であれば、彼らにもどうにか乗り切れるはずだ。


あの勇気ある少年が、たとえば我が身を犠牲にするか。


あるいは、使い物にならぬ友を打遣うっちゃって、無事に生還を果たすか。


もしくは───


「助けて! 助けてください!!!」


「なに……?」


もしくは、自分の弱さを心から理解して、他人に救いを求めるか。


「助けて!! 無理! ダメ!」


「………………」


友の身柄を二名までかばい立てた少年が、懸命に声を張り上げていた。


「バカか……?」


ダメだ。 頭が変になる。 応じてはいけない。


一人を救えば十名まで。


十名を救えば百人まで。


その先は言わずもがな、容易には抜け出すことの出来ない泥沼が待ち受けている。


「助けて! お母……っ、嫌だ!!!」


「くっ!」


そこまで考えて、途端に馬鹿らしくなった。


腹立ちまぎれに大呼して打ち掛かったところ、まったく加減を損なったようで、冥鬼ばかりか電柱まで斬れた。


「………………」


たちまちのうちに、胸中を激しい後悔が占めた。


けれども、胸がすくような小刀しょうとうの刃味が、この情感を有耶無耶うやむやにした。


「…………っ」


ズルズルと滑り落ちるように倒壊した電柱を、力任せに蹴り飛ばす。


蛸の生足いきあしのように暴れ回る電線を、片手間に掌握し、かなぐり捨てる。


一入ひとしおに雑味のきいた電界が、舌から食道へ転げ落ち、下っ腹を戦慄わななかせた。


充電とは言い得て妙だが、あまり効果はない。


同じ電気を喰らうにしても、やはり地獄くに赤雷せきらいでなければ、


「なにを、してるんです……?」


「あん?」


不意の呼びかけに応じ、視線をチラリとしゃに構える。


そこには鬼神がいた。


慌てて参じたのだろう、豊かな黒髪を振り乱し、大きな金棒を預かる細い肩口を、激しく上下動させて。


奥底の知れない黒目の中に、恐ろしいものをなみなみとたたえた鬼の姫神が、こちらを愕然と見つめていたのである。

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