純真な狂気

そこで、ふと思い当たるふしがあった。


古人いにしえびとにとって、鬼と童はすなわち同義。


かつて、諸社もろやしろ祭事秘事さいじひじを行う際、主役に抜擢ばってきされるのは、年端としはもいかぬわらべが常だった。


ある社では、神のことばを大衆に伝える橋渡し役として。


ある社では、神の花嫁として。


これは、彼らが持つ鬼鬼あらあらしい生命力・無垢な精神性が、惟神かむながらの道によく通じると信じられた所為せいである。


「………………」


彼の表情を改めて見る。


邪気のたぐいは一向に感じ取れず、柔らかな日差しにも似た純真のが、その満面にありありと行き渡っている。


なんとも空恐ろしい。


これだけの虎口ここうにありながら、あのような顔色をることのできるつわものを、それがしは知らない。


猥雑わいざつな心の持ち主を、力でぎょするのはやすい。


しかし、無垢な精神の一個体を打ち砕くとなると、我らでは到底覚束とうていおぼつかない。


いやそもそも、あれに刃を向けることなど、もはや想像だにできない。


「………………」


まなこに哀情をめ、チラリと横目をつかう。


かの吉岡一門の嫡流ちゃくりゅうが、川向こうで必死に奮戦している様が見えた。


はなはだ混乱を余儀なくする戦場にあって、その有りよう一際ひときわ美しく、そしてひどくかなしかった。


「逃げるのか?」


「……帰る」


視線を正すと、今まさに、女官の手ずから鉾を回収した姫が、くるりときびすを返すところだった。


この場は退いてくれるのか。


「待てよ。 お楽しみはこれからだろうが?」


たわけたことを……」


呼び止めに応じ、ひとまず肩越しににらみを利かせた姫は、しばらく考え込んだ末に、気のらない声でこうただした。


「貴様、まこと何者か?」


「俺は、田舎者いなかもの


これに対し、遠近の町並みをまざまざと見渡した彼は、愛敬あいきょうのない声で応じた。


続けて、二名の様子をおっかなびっくり見比べる女官へと、簡単な問いかけをくれる。


「お前さんはどうする? 本当にこのまんまで」


「私は……、私は、そばにいなきゃ。 姫さまの」


「そうか」


一言二言ひとことふたことを交わした後、やがて姫にかされた女官は、律儀りちぎにも一礼を残し、背中を向けた。


あの様子では、やはり彼女のほうはすでに正気を取り戻している。


このまま行かせてはいけない。


そう悟ったそれがしが、痛苦もはなはだしい満身に活を入れ、二名の後を追おうとした矢先のことである。


立ちどころに生じた炎の壁が行く手をふさぎ、すんでに鼻先を焦がしそうになった。

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