火の川のほとりで


「ドラマは見ますか?」


「は……、ドラマ?」


私が問うと、彼はひとまず手を休め、児童のように純真な眼で応じた。


正直なところ、この眼には弱い。


未知なる明日というものを、一寸たりとも恐れえぬ瞳。


無垢な好奇心と、少しばかりの残酷さを秘めた清冽な輝き。


もっとも、いまの私がこの眼に惑わされるような事は断じてない。


むしろ、この眼は実に実に忌まわしい。


かつて、金蘭きんらんの友がこの眼にイかれ、挙句あげくの果てには地獄へ落ちた。


そう考えると、ますますもってむかぱらに拍車が掛かるのである。


腹立ちまぎれに妙案を得て、近場へ声をかける。


「あの眼、もらって良いですか?」


「……駄目。 駄目よ」


悄然しょうぜんたる面持ちでうつむいていた彼女が、にわかに怯えた表情をして、短く応じた。


もちろん、友を困らせるのは忍びがたい。


なので、当の案はそっと溝川どぶがわにでも放つことにする。


「先の話……」


「はい?」


改めて語り掛けると、またぞろ彼は律儀にも手を休め、真摯しんしな態度でこれにのぞんでくれた。


悔しいが、その模様をひどくうるわしく感じ、内心に春風の吹く心持ちがした。


いつの世も、神とは孤独なものである。


余人よじんと接する際には、必ず双方の間に立場上の壁が。 余神と接する際には、不可侵という名の節度の壁が存在する。


ゆえに、こうしてへだてを感じさせず、当方の話に耳を傾けてくれる者は、何を置いてもいたわしい。


もっとも、これは単に錯覚であって、実情は切なる吐き気との戦いである。


「その眼で見るな下種げす


「すみません……」


「下種、先の話です」


「はい?」


「ドラマは見ますか?」


「ドラマ……?」


「刑事モノや医療モノ、恋愛モノや喜劇など」


「はぁ……」


彼は心底から不思議そうにして、こちらを一心に見つめている。


まったく定かでない私の魂胆が、怪訝けげんに思えて仕方がないのだろう。


かく言う私も、己の腹積もりを今のところ理解していない。


最大の魂胆を内に秘めて交わす会話もいいが、成り行きに任せてベラベラと振る舞う言葉にこそ、純一じゅんいつ赤心せきしんは宿りやすい。


「あれはどうにも妙な具合です」


「妙とは?」


「特に事件モノを見ていると、顕著なセリフ回しがあるのですよ。 知ってますか?」


「はぁ……」


「それぞれ作品は異なれど、皆々が口を揃えてのたまうのです」


「曰う……。 何を?」


「“あなたは手を汚すな。 被害者はそんな事を望んでいない” あれは一種の宗教でしょうか?」

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