第27話猛獣たちの夜半

ともかく、これに備えようと身構える私の襟首を、ぞんざいに掴み取る手があった。


それはすぐに馬鹿力を発揮して、この身を後ろへ引き寄せた。


喉が詰まる思いで頭上をあおぐと、姉の悍勇かんゆうたる面差しがあった。


強敵を前にして、筆舌に尽くしがたい喜悦を得たか、その表情はいたくれやかで、尚且なおかつ、今にも雷雲らいうんを招きそうなほど、気疎けうといものだった。


「お姉……っ、いや。 違う!」


虎口ここうにおいて、こういった顔色をするやからは、まったくし難い。


戦場いくさばにおける嬉悲きひはばは、すなわち戦力の一得一失としてよく表れる。


「おらぁッ!!!」


「とぉ!!!」


並々ならぬ勢威を着た少女の殺到にともない、目先で火花が散った。


続けてささらのように放散した塵芥ちりあくたは、恐らく姉の小爪か。


まかり間違っても、長尺刀の欠片けっぺんではないだろう。


現下の気運は、明らかに少女の方を向いている。


「このガキ……!」


「ちょっと!?」


こうなると、普通なら勝ち目の有無を早々に悟りそうなものであるが、うちの姉はその限りでない。


引き時をすっかりといっしたように、いよいよ気炎を上げて立ち働いた。


「この……ッ!」


「野郎ぁッ!!」


力任せに振るわれる長尺刀を、逆手さかてった一刀でなしつつ、機を見てはこっぴどく打ち込んでゆく。


こちらも、腕力に物を言わせた拝み打ちだ。


鍛鉄のそれに近しい刃鳴りが、断続的にやかましく入り乱れた。


ただでさえ窮屈なロビー内を、熾烈しれつな勢いに任せた切先が飛びうわけだから、なかなかに生きた心地がしない。


ともあれ、相身互いに咬み合う猛獣が二名。


この隙に、そそくさと逃げ出すのが正解だろうと判じつつも、良心がこれをとがめ、退路をはばむ。


ならば現状を打破しようと試みるも、金棒を執る手がどうしてもとどこおり、一歩を踏み出すことができない。


そのかんにも、姉は奔放な怒号を上げて、少女を追い詰めてゆく。


もとい、あんな戦法では、決して長持ちの見込めるものでは無い。


ひとたび振り抜いたかと思えば、両刃切先もろはぎっさきの利便性のみを頼りに、手首を用いず元の軌道へ切り返す。


ああいった打ち方を多用していては、じきに筋肉が悲鳴を上げる。


った……!」


思った通り、両刃を斜め上方へすくい上げた姉の手腕が、にわかに嫌な音を立てた。


酷使にともない、とうとう筋が千切れたか、あるいは肩骨の座りを損なったか。


もはや急戦は無謀だ。


対する少女は、かさのたかい長尺刀をサッと放棄して、取り回しの良い短刀に持ち換えた。


そのままたいを固め、姉の懐中へ飛び込んでゆく。


「待って!!」


もはや、どうしたものかとあぐねる暇はない。


急いで金棒を振るい、二名の間に割って入ろうとした矢先のことである。


「見つけたぁ! やっと見つけた!!」


現下の気運をひっくり返す幸運の呼び声が、カンカンと響き渡った。


見ると、すっかり崩れ落ちた宿屋の玄関口に、愛らしい子どもの姿があった。

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