第15話気付けの薬

純朴なおかっぱ頭が愛らしく、赤みを帯びた頬が、ちょうど丸餅のような柔らかさを含んでいる。


ただし眼の色がどうにも異様で、やけに機械的と言うか、生気とは無縁の無機質な印象を受けた。


決して冷たい雰囲気というわけではなく、単に彼の年頃に似合っていないのだ。


「………………」


当方に覚えは無いものの、向こうはこちらの顔を見知っているらしい。


彼の顔色を見れば一目瞭然か。


何やら阿呆を見るような顔つきで、眉根をキュッとしかめている。


分別ふんべつつたない子どもと言えど、初対面の相手にこの顔は無いだろう。


そう思って小首をかしげたところ、彼は一転してにっこりと破顔した。


続けて小さなてのひらをスイスイと泳がせて、手招きをくれる。


「…………?」 


不審に思うも、年長者のたしなみとしてこれに応じようと、さらに腰を曲げる。


そんな当方の胸倉むなぐらを、いきなり無手むんずと掴まえた彼は、声を大に張り上げた。


「いい加減にさらせやボケェ!!!」


「ぐおっ!?」


間髪かんはつれず、いかずちのような頭突きが、当方のひたいを襲った。


目先で星が飛び、蘞辛えがらい衝撃が鼻っぱしらへ抜けた。


思わず悲鳴を上げて、ベタンと尻餅をつく。


この間隙かんげきに追い討ちをかけた童は、「目ぇ覚ませ! 目ぇ覚ませ!」と連呼しながら、何度も平手打ちを見舞ってきた。


子どもは割合に好きだが、ガキは嫌いだ。


「ってえな! クソガキが!!」


「おぉ! 戻った!? やった!」


「あぁ!?」


「あれ……? 戻ってない? あなたは誰ですか? 名前は?」


「ざけんな!」


どこの誰かは知らないが、性懲しょうこりもないガキなんぞ放っといて、いまは目先のクソ女に集中するのが先決さきだ。


幸運にも、向こうは大刀を頭上にかかげたまま、顔色を呆然といっしてやがる。


「おらぁッ!!!」


「きゃ……っ!?」


これを狙い目として、満身の威勢を拳に載せる。


肩口がグリグリと鳴って、かたく握った掌中から、火焔が茫茫ぼうぼうと漏れ出した。


「あん……ッ!?」


一種の巨砲と化した拳打が、女の土手っ腹をとらえる間際である。


俺たちの狭間はざまに、うら若い姫君が、音もなく現れた。


続けざまにひよひよと舞を演ずるような所作をして、激烈な拳打をなしてみせる。


かと思うと、たくみに手刀を用立てて、当方の腕をトンとはたき落とす。


屋敷が震撼し、足元に大穴が空いた。


尚も衝撃はまず、逸走した拳打のはずみは、広い廊下を断続的に押し潰した。

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