第35話 伯爵の威厳

「伯爵、食事の時間です」


 鉄格子の受け渡し用の隙間から、安物の刺身が乗った猫まんまが入ってきた。


「伯爵、しっかり食べてください」


 猫の紳士は臭そうな毛布に包まり、ピクリとも動かなかった。


「伯爵? ……伯爵ッ??」


 異常を感じた甲冑の猫は、すぐさま鉄格子の錠を外し、その鉄扉を開いた。

 猫の紳士が包まっている毛布の塊を、揺さぶってみたがまったく反応がない。


 まさか……!


 違和感を感じた甲冑の猫は、思い切り毛布を引き剥がすが、そこに猫の紳士の姿は無い。


 やられた!


 慌てた甲冑の猫は、便器の蓋を開けたり、小窓の外を見たりしたが異常はない。


 どうやって逃げたのか……。


 とにかく応援を呼んで捜索すべきだと考えた甲冑の猫は、牢を出ようと鉄扉に手をかけた。

 するとその瞬間、背中にどさっと何かが落ちてきた。

 振り向くや否や、後頭部へ強い衝撃を受け、甲冑の猫はその場で倒れてしまった。


「許せ、同胞よ」


 一糸纏わぬ姿の猫の紳士は、倒れている猫の甲冑を脱がせ、それを着込んだ。


「わたしには時間が無いのだ」


 猫の紳士はそう言うと、その場を走り去っていった。





「あなたがこの田園を守るのよ」


 わたしの母君はそう言った。


 あの荒れ果てた地を、この広大な田園にしたのは、まぎれもないわたしの父君だ。

 かつてのこの田園は、死者の国の台所事情を支えていたのだ。

 だから貴族でもない、こんな果ての田舎者だった父君は、王より伯爵の職位を賜ったのだ。

 だからこそ父君は、神への道を許されたのだ。

 わたしは、この土地が好きだ。

 この田園風景こそが、わたしの誇りなのだ。

 だが死者の増加で供給が追い付かず、経営状況を維持するには明らかに人手が足りない。

 進みゆく過疎により、財政は傾く一方だ。


 だがわたしの願いは王に届いた。

 お国のお役目を果たせば、援助を受けることが出来る確約を得たのだ。



 農家の生まれ? ――だからなんだ。


 時代遅れの田舎者? ――笑うがいい。


 土臭い貧乏伯爵? ――覆して見せる。



 わたしは死に物狂いで4命をまっとうし、父君の意思を継ぐべく伯爵に襲名を果たしたのだ。

 伯爵となったその日から、わたしは父君が作り上げたこの田園を守ると誓った。

 父君が王から賜った伯爵の名を汚すまいと、わたしは田園を立て直すため、断腸の思いで各所に懇願してまわった。

 そうしてやっと、王から確約を得たのだ。

 だからわたしは、何としても成し遂げ、復興してみせる。

 不名誉な田舎伯爵という汚名を晴らすのだ。


 未だ田園で帰りを待つ、同胞達のために。


 父君から受け継いだ、名誉のために。

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