第15話 水銀灯のスラム
薄暗くとても健全と言えなさそうなその通りは、入り口にあるいくつかの水銀灯の明りだけで、外観のイメージとかけ離れていた。
入国の手続きで混雑していた関所とは雰囲気が違い、ここを往来している死者たちは妙に
徳を積むために労働している者たちなのだろうか、みな一同に生気を抜かれたような表情をしている。
中には明らかに風貌の悪そうな者もいる。真意は分からないが、何か悪さをして死者の国に入国できないか、はたまた追放されたのか。
「コードを譲って頂けませんか……どうか……お願いします……。コードを譲ってください……。転生したいんです……」
物乞いのように何かを訴えている者もいたが、何を乞うているのか僕にはよく分からなかった。
僕は浮浪者のような人の群れをかき分け、通りを散策していると人だかりが出来ている場所を見つけた。
何かを競りで売買しているマーケットのようなものだった。
何を取引しているのか目を凝らして奥を見てみると、手に縄を掛けられた人が何人かいた。
人身売買の類なのか、その人だかりの中心でひと際、声を張り上げている者がいた。
「30、35、40ね! 40、40、他いないか!? さっき入荷したばかりの新鮮なコードだぞ!」
「60!」
「60ね! 60、60、他いないか?」
ざわざわ……
「はい! 60のあなた! 落札ね!」
人だかり中で挙手したその人がその商品の落札者になったようだった。
少し遠くから見ていた僕は、その光景を目の当たりにして粟立った。
競りを仕切っていたその男は、手に縄を掛けられている人の腕にナイフのようなものを突き付けたのだ。
「うぁ、あああぁ! ぐぁあああぁっ!!」
腕をえぐられた人の叫び声が辺りに響きわたったが、その男は特に気にすることもなく血液で染められたナイフで腕から光る石ようなものをほじくり出した。
周辺で競りに参加していた人々も特段騒ぎだすこともなく、さも当たり前かのように隣の者と世間話しているようだった。
ナイフを突き立てられ腕をえぐられた人は、あまりの苦痛に気を失っているようだった。
僕はその得体の知れないマーケットで繰り広げられている異常な光景に、とてつもなく恐怖を覚え、足早にその場をあとにした。
僕は少し早歩きで、待ち合わせの場所へ向かおうと三途の川で見たあの石橋を目指していた。川沿いを行けばすぐかと思い、三途の川のほとりまできていた。
道中で渡し舟を降りる、二人の兄弟を見かけた。
歳は4~6歳くらい。その二人は手を繋いで探検でもしているかのようにきゃっきゃと笑っていた。
まるで昔の僕と弟みたいだな、とボーっと二人を見ていたら、その兄弟の案内役の猫が僕に気づいて話しかけてきた。
その猫の案内人は、少しぽっちゃりとしていて、優しい顔をした虎模様の猫だった。
「そこの方……、何かお困りなのですか?」
「え、いや、別に何も……。大丈夫です」
「本当ですか……? では何故、あなたは泣いていらっしゃるのですか?」
「えっ?」
僕はその猫の言葉を聞いて、僕の頬を涙がポロポロと伝っていることに気がついた。
「おにーさんも死んじゃったの?」
「ああ、車との事故でね」
「へー! じゃあ僕たちといっしょだね」
「ゆーくん、おにぃといっしょにくるまにはねられちゃったの」
「ゆうが道路の向こう側で母ちゃん見かけたって急に走りだしたから、それ追っかけたら僕らふたりともトラックにひかれちゃったんだぁ」
「さてさてお二人様、そろそろ行きますよ」
「はーい!」
ぽっちゃりした虎模様の猫の案内人は、少しばかりかその兄弟に手を焼いてるようだったが、その両手でしっかりと二人と手を繋いで優しく微笑んでいた。
ばいばいと無邪気に手を振るその兄弟と、会釈をする虎模様の猫の案内人を、僕は和やかに見送った。
虎模様の猫の案内人から聞いた話だと、先ほど見たマーケットは認証コードを不正に取引する闇市だということだった。
どうやら死者の国へ入国するために必要な認証コードは、悪行を行い国を追放された者や、その方法は不明だが地獄から逃亡した者から、相当需要があるようだ。
確かに認証コードを持っているだけで得られる、死者の国での永住権利や、徳を積むことで得られる転生権利は、持っていない者からすると大変貴重なものなのだろう。
そしてその需要を利用しようと、転生を望まない死者から高値で買い取って転売したり、コードを持っている人を攫って奪ったりということが、ここではひっそりと横行しているとのことだった。
認証コードを持たない者は、何かと問題を持っている者やお尋ね者という扱いらしく、それが番人にばれたら強制的に地獄行きだという。
だから僕は自分がコードを持っていない事を、その虎模様の猫の案内人には悟られないように注意した。
小さな兄弟と虎模様の猫の案内人を見送った後、僕はすこし長い登り坂になっている道を進んだ。ようやく坂を登り切った目の前には、三途の川で見た石橋があった。
石橋から関所に続く道のりには、幌馬車が激しく往来していたが、僕はそれを横目に、その道のりの途中にある、傘のような屋根の建物を目指して歩き始めた。
結局、自分の流した涙の理由はわからなかった。
僕はその理由を、目的地へとぼとぼ歩きながら考えていた。
「ちょっと! こら! そこの君っ!」
突然背後から大きな声で捲し立てられ、僕は番人に見つかったのかと凍りついたのだった。
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