第11話 死者の渋滞

 舟はまもなく渡舟場へ到着しようとしていた。


 岸辺はひしめきあう死者たちの舟でごった返しており、陸地では死者の群れが関所らしきところまでの道のりをまるでお祭りの歩行者天国のように埋め尽くしていた。

 死者の入り口であろう大きな門までの距離はさほど遠くないのだが、どうやらその前の関所での手続きを完了するまでにかなりの時間がかかりそうだった。

 舟棹を操る男はいくつもある渡し場を見渡しながら、舟を停泊させる手頃な場所がないか探し物でもするかのように舟を進めていた。

 岸にはところどころに白銀灯のような明かりが灯っており、夜空には月は見当たらなかったがそれなりに月明かりくらいの不思議な明るさが照らしていた。

 舟上から岸沿いのかなり向こうを見ると、死者の国の関所に続いている大きな石橋が見えた。おそらく死者の国に至る経路はいくつかあるのだろう。

 石橋は舟が元来た方角の遥か向こうまで続いているようだったが、向こう側は靄がかかって橋の全長はよく分からなかった。

 石橋の上には幌馬車のようなものがたくさん往来しており、渡し舟だけでなく何処もかしこも死者が渋滞しているようだった。

 あちらこちらで死者に諸々の説明を行っているだろう水先案内人の猫の声が聞こえ、猫の紳士からあらかじめ聞いていたとおり、かなりの賑わいを見せているようだ。

 周りを見回すと死者一人に必ず一匹の猫が付き添っているようで、なんとも不思議な光景だった。

 渡し場から続く関所への道の要所要所には、その様子を静観する西洋の甲冑のようなもの身をつつむ、いかにも戦士のような大きな猫が立っており、時折そのいかつい兜からギロリと悪さをしている者が居ないかと眼を光らせていた。

 その中でも軽鎧のようなものを着た少し小柄な猫は、まるで警備員のように走り回りながら押し寄せる死者の波を分散させるように整列させ、時には大きな声を張り上げて列を乱す輩を叱りつけるさまも見受けられたりで騒がしかった。

 渡し場では労働者たちが、せっせと自分の舟が流されないように桟橋の柱に縄をくくりつけていた。

 労働者たちは規定された制服なのか、皆一様に薄汚れたローブのような衣服を纏っており、自分の担当の仕事が終えた者から、休憩所と見られる少し大きめの小屋へだらだらと向かっていた。

 その小屋の外では労働者たちが焚火を囲って食事を取ったり、畳が敷き詰められた海の家のようなところで雑魚寝をして仮眠を取る者や、何かしらの賭け事のようなものを行っている者もいた。


「少し気になることがあるので、わたしは関所に行く前に知り合いに相談をしてくる。君らは適当に時間を潰していると良い」


 そう言うと猫の紳士は、まだ岸に着ける場所も定まらず、右往左往している僕らの舟の上からひらりと陸に飛び降り駆け出していた。

 咄嗟とっさのことで驚いた僕は、案内人とはなんぞや? などと思いながら猫の紳士に叫んだ。


「あ、ちょっ! 待ち合わせ場所とかは!?」

「あの石橋から関所へ続く道中、傘のような屋根の建物が見えるだろう? 鐘が4度鳴る頃、そこで落ち合おう!」


 猫の紳士はしゅたたたと死者の人波をかき分け、あっという間に人混みの中に消えていった。

 舟を操っていた男は猫の紳士の行動に特に驚く事もなく、再び舟を着ける場所を探し岸沿いに舟を進めるのだった。


 僕はちょっとした好奇心で舟の前方で舟棹を操っている男に話し掛けた。

 少し前に猫の紳士から聞いた徳の話について詳しく聞こうと思ったからだ。


「なぁ、君はこの仕事を始めてどれくらい経つの?」

「…………」


 男は自分にまさか話しかけてくるとは思っていなかったのか、しばらく沈黙していた。


「……多分、2年……くらい……記憶はとても、曖昧……」


 その男は少しカタコトだったが、その声は、その後ろ姿の雰囲気とは印象が随分と異なっていた。

 それは何故か、どこかで聞いたことのあるような、懐かしい若い男の声だった。

 男はまるで僕と話をすることを拒絶しているのか、こちらを向くこともなくまた黙り込んで舟を進め出した。


「君も転生のために、舟を漕ぎ続けているの?」

「…………」


 男は答えたくないのか、黙ったままだった。

 触れられたくないことに触れてしまったのかと、僕は馴れ馴れしく振る舞い過ぎたことを少し反省しながら、その沈黙をやり過ごそうとした。


「…………わからない」


 男のその聞き取れないほどの小さな返答を聞いて、僕はあの時のことを思い出した。

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