×と○の比率

 プリントにどんどん×が増えていく。思い出したように時々○。最後の回答欄に×を付けて、先生は顔を上げた。

 高校受験を控えたこの時期、小テストの結果は八割不正解。先生は困り顔だった。

「わざと間違えたよね?」

 私は真面目な塾生で、今まで小テストや模試の結果もよかった。数日後に高校受験があるのにこんな結果を叩き出せば、わざとと思われても仕方がないし、実際、わざとだった。

「君の成績ならいつも通りにしていれば大丈夫。心配はないよ。自信を持っていいから」

 私を心配する優しい先生。私の得意不得意な問題はよく知っていて、成績の推移もよく見ているけど、私の内側までは見えてなかったみたい。

 当たり前だよね。私は、塾にやってくる大勢の生徒の一人でしかない。最近子どもが生まれたと、生徒にまで自慢するような先生が相手にするわけがない。

 相手にしたとしても、あくまでも先生として、だ。

 先生の担当は中学生だ。受験が終われば、私の担当じゃなくなる。先生と会う時間を、先生が私(の勉強)を見てくれる時間を、少しでも長く引き延ばしたかった。子どもじみたわがままだと知りながら。


   ●


 赤いペン先が、次々×という軌跡を残していく。時折○が現れるが、最終的に、小テストは九割不正解。

「わざと間違えたね?」

 私は顔を上げて、向かいに座る男子生徒をじっと見る。高校受験を控えている少年は、いいえ、と小さく言いながらも、目を逸らした。

「君なら、いつも通りにしていれば大丈夫。自信を持って」

 かつて自分も言われた言葉を、丁寧に優しく言いながら、私は内心で苦笑していた。

 塾講師とはいえ、接していれば成績や勉強以外のことだって見えてくる。あのとき、先生は私の気持ちに気付いていたのだろう。同じ仕事をしている今、それが分かる。


 生徒をひとしきり励ましてから講師室に戻ると、塾長が寄ってきた。

「……大丈夫そうかな」

 いつも温和な表情の塾長が、今は少し心配そうだ。受験を控えた生徒を案じているのではなく、子を心配する親そのものの表情である。

「大丈夫ですよ。塾長のご子息なんですから」

 かつて先生と呼んだ人に向かって、私はにっこりと笑った。


※お題「赤ペン」「最後」

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