玉名 万祐子 (Perc)

第51話:ベイビー、ドント クライ

 定期演奏会に近づくにつれて最後に、と名前がつくものが多くなってきた。学校も春休みになり、本番まで残り数日。


「パーリー会始めます」


 夕海の声で集まったのは各パートのパートリーダーたち。パートリーダー会議、略してパーリー会は、合奏後の連絡伝達のために使われることが多い。帰りのミーティングが終わった後に、いつも大教室の端で開かれる。でも、きっとこれが最後のパーリー会になるだろう。


「万祐子、準備できた?」

「うん、平気」


 夕海に訊かれて私がみせたのは携帯電話。メモ帳を開いている。パートリーダーだからといって皆完璧じゃない。会議をしたって当たり前のように忘れちゃうことだってあるし、そもそも用事があって残れずに、出席できない子もいる。だからこそメモして、後で皆が見れるようにグループチャットに送信しておくための携帯電話。パートリーダーの中で一番携帯を打つのが早いのが私だったので、書記としてまとめているというわけ。


「今日の合奏について、なんかある人」

 夕海の声に手をあげたのは、フルートの光希。


「とりあえずクラがちょっと、音程低くすぎると思う。寒いから大変だと思うけど、直せるかな」


 フルートとクラは席が近いから、余計に気になるのかもしれない。確かに最近寒いから楽器が温まらず、音程を上げるのもなかなか大変。 私の担当楽器は打楽器だけど、中学生の時はサックスをやっていたので分かる。クラのパートリーダはうーんと唸って、


「これでも結構ギリギリなんだけど、頑張ってみる」

 と答えた。私はその言葉を聞いて【クラ、音程低い】と携帯に打ち込む。

「最悪、学指揮に頼んで全体のB♭の音少し下げた方がいいかな」

「かもね、揃っていればいいわけだし」


 他のパートリーダーの声もメモしておく。吹奏楽部のチューニングB♭というのは普段442Hzで行われる。でも冬場になるとそこまでの値にするのが難しいため、音程を少し下げて全体のピッチを合わせる時もある。チューニングというのは、”正しい音”を出すのではなく”みんなで同じ音”を出すことだから。


「それじゃクラはそこんとこよろしく。他、何かある」

 今度は槙が手をあげる。

「後は合奏じゃないけど、体調管理気をつけて。定期演奏会まで時間がないから、って無理して残っちゃう子とかいるかもしれないけど、そこはそれぞれ責任持って家に返すように」


 人にうつすかもしれないんだし、本番出られなくなったら元も子もないんだから。その言葉に皆ウンウンと頷いている。


「特に後輩は気をつけて。どうしても言い出しづらいと思うから」


 そう言ったのは、ホルンのパートリーダー。そういえばこないだ、美波が風邪を引いて一時期どうなることやらと思った。幸いインフルエンザではなく、熱もすぐに下がったから良かったんだけど、もしかしたらギリギリまでも我慢していたのかもしれない。私は【体調管理しっかり】と付け足す。


「あと、定期演奏会泣かないように、って皆に言っといて」

 清香の言葉に皆が「ん?」と頭の中に疑問符を浮かべる。

「どういうこと?」

 夕海が訝しげに訊く。

「去年のアンコール、泣いちゃってまともに演奏できなかったところあったでしょ」


 私はパーカッションだから、泣いたってそこまで演奏に支障は出ない。でもそういえば途中、チューバの二人が泣いちゃって、ちょっと低音薄いな、って思ったんだよね。私は冷めてるタイプだから、そういう時すごく分析してしまう。あ、薄いなっていうのを覚えているのはそのせいだと思う。


「サチスイ卒業したりとか、先輩がいなくなったりするのが寂しいのは分かるんだけど、自分たちがやるべきことって演奏する事って言うか……。最後に吹けなかった、なんてことにならないようにしないと」


 という清香に

「確かにそれは一理ある」

「一番考えなきゃいけないのは、お客さんだもんね」

 他のパートリーダーたちも納得している。そういうこと、清香が頷いた。


「特に今回、二部に力を入れているからさ。そこで泣かれると次の三部、困るの」


 一見辛辣に見える言葉だけど、そういうことを言っておかないと本番中に困るのは私たち。正論ではある。【定期演奏会は泣かせるけど、泣かない!】私はそう打った。


「えーっと、これぐらいでいいかな。次はあたしから、というか衣装からなんだけど」


 そう言って夕海が、手に持っていた紙袋をごそごそとしだした。そして


「これ、皆の分ね」


 取り出したのは、水色のリボンと黄緑のシュシュ。リボンは白のオーガンシーを基調にして、ベルベット地の水色のリボンで飾りつけてある。シュシュは黄緑のサテンにレースがついたもの。可愛い、の一言に尽きる。パートリーダーから歓声が上がった。

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