第41話:特等席に腰掛けて

「美波、私も一緒に見るから」


 楽器を置いて駆け寄る。客席の一番真ん中、全員が見える一番良い位置に行く。そういえばいつもコンサートは吹いていたり、お金がなくて端ばっかりで、こんな特等席に座ったことはなかった。前の椅子に顎を乗せて、ステージを見る。


「もう一度『マゼラン』お願いします」


 美波の声に合わせて曲が始まった。自分が演奏している時とは見ているものが全く違う。観客としてみると、きらめく舞台はまた違う感想を持つ。そう、吹いている時とは違い、ボロが明らかに分かる。特に舞台から見て前の人たちに、その傾向があった。


「練習で出来てたのに、頭が動いてしまってる人がいますよね。なんでだろ……」


 小声でそうつぶやいた美波が、眉を寄せる。確かにガクガクと時折頭が揺れている人がところどころにいて目立つ。違和感を覚えるのが回転する出だしの部分、前列だから余計に目立つのかもしれない。私はその子達を見ながらなにがいけないのか考える。少し吹きづらそうにしているのはどうして? ステージのせい? 全員ではないのはなぜ? 考えつく案を頭に浮かべては消す。ふと、私は皆の足をみた。


「ローファー……」


 普段学校では上履きで練習をしているから、皆ローファーで演奏し慣れていないはず。もう一度揺れている子を見ると、ヒールを履いている子が多かった。背が低いのを気にして、ヒールの高いローファーを持っている子が多いのかもしれない。


「美波、ローファーだよ。ヒール履いて吹き慣れてないから。あるならヒールなしローファーでって後で言わなきゃだね」

「あ、はい」


 確かに、そうですね。美波は少し慌てたようにして、視線を靴に落とした。私も再びステージへと目を向ける。頭が動くのは今回目を瞑るとして、他に何か—————。


「何て言うか、ピーターパンとフック船長が映えない」


 演奏には目が行くものの、奥でやっている劇に目がいかない。まるで飾りのようになってしまっている。確かにマーチング的にはここが二部の中で一番動くところだけど、劇だって唯一の戦闘シーンだ。ウェンディたちを助けなきゃいけないし、いいシーンだから目立ちたい。美波もそれをさっきから薄々感じていたのかもしれない。


「ですね……」


 と言う声は小さくしぼんでいる。これを考えたのが美波だから、もしかしたら責任を感じているのかも。


 何がネックなのだろうか。特にひな壇に上がった後、演奏隊の動きが激しくなるから余計に色あせて見える。と言うかどこで戦っているの? って感じ。本来フック船長の船の穂先で戦っているはずなのに、それがうまく表現できていない。一騎打ちなのにぐるぐると回っているせいで、団体戦みたい。もっと劇と演奏を一体化させないと。


「ねぇ、美波。ぐるぐると回転するところを半分にして、あとは静止したまま高低で動きをつけない?」


 だから私はそう提案した。


「どういうことですか」


 ま、言葉で言っても分からないよね。私は少し、任せてもらっていい? と許可を得て、パンパンと手を叩いた。皆の注目が集まる。それでも息は詰まらない。それは皆がちゃんと私の話を聞いてくれると、知っているから。真剣な目がこちらを向いた。


「回転するところ、後半はその場で静止して、しゃがんだり立ったりしてみない? 高低による動きがいいと思う」


「日向達は最初、舞台上手のタムタムの方にいるから、そっちの人は立って。そこから緩やかに立て膝、一番離れてる人はしゃがんで全体的に斜めるように」


 みんな横を見合わせながら、高さを合わせていく。


「よし覚えた? 次は逆側。転調したところでその下手側が立ちっぱなしになるように」


 また調整をしている間に、美波に尋ねる。


「こうすれば舳先というか、船というか、ゆれっぽいのができるかと思うんだけどどうかな?」


 少しうつむいている美波の顔がよく見えない。もしかしてまた余計なことをしてしまったのかも。だってあろうことが美波を差し置いて指示とかしてるし。そう思った時パッと美波が顔をあげた。その目は輝いている。


「すごく、いいと思います。私はマーチングと劇を単体だけで考えてしまっていました。やっぱり西先輩はすごいです」


 それは褒めすぎだと思うけど、何を今更と言われなくてよかった。全部の任せたくせに、最後の最後で自分の仕事を奪っていくのかと責められても、無理はない変更をしたと思っている。美波の純粋さにまた、救われる。


 後はこれがうまく調整できるかどうか。今まで練習していたところを修正して、皆がうまく対応できるかどうか。


「それじゃあ回転するところからもう一度、お願いします!」


 そう言った私は、誰かに妬まれることよりも、今ここで部員として少しでも役割が果たせていることに、達成感を感じていた。桜だってきっと、そうすればよかったんだ。勇気があったのならば。私は無意識にピアスを触っていた。

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