第14話:昔の傷跡

 その後も美波の仕切りっぷりは素晴らしく、無駄がなかった。二年生も神妙に聞いているのは、その一つ一つの練習にどんな意図があるのかはっきりとわかりやすいからだろう。どんなに頑張ってもつまらない練習は、つまらない。一人だけだったら分からないかもしれないけど、49人分の部員の顔をみれば分かる。全員が楽しそうにしているんだったら、それは仕切りストが上手いということ。


 美波のマーチング練習は自然に引き込まれるし、しっかり考えられているものだった。多分小学生向けにやっていたものだから、余計に噛み砕いているのかもしれない。


「四時半になったので終わります、至らない点があったかとは思いますが、ありがとうございました。何か分かりづらかったことがあれば、遠慮なく言ってください」


 武道場にありがとうございました、という声が響く。


「まともに吹けるようになったー」


 そして私の横の槙も、大分上達。武道場を出ながら、嬉しそうにニコニコと笑ってバンザイしている。


「よかったねー」


 本当、どうなることかと思った。これでとりあえずは安心。安堵のため息をつく。


「え、そんなに酷かった?」


 喉元を過ぎればなんとやらなのか、槙はケロッとしてそう訊いてくる。さっきまで泣きそうになってたの誰だよー、と笑うとゲラゲラといつもどおり笑い返してきた。そしてあ、そうだと何か思い出したように


「美波がこれから仕切るの?」

 と槙が尋ねてきた。

「うん、私はお役御免。手伝いはするけどねー」


 私の言葉に槙がふと真顔になる。


「西は、あまり仕切るの好きじゃないね?」


 ドキリとした。別にそれだけが理由で美波を呼んだ訳ではない。だけど、好きではないのだって事実。実は仕切ることが決まってから、代役がいないかずっと探していた。サトはすでに沢山持っていて頼れないけど他の二年は未経験。だからこそ、一年を。偶々、居たから私の代わりに。


 心の奥にしまいこんでいた、ケタケタという笑い声が脳裏に浮かぶ。中学の時の同級生だ。クラスのじゃない。楽器を、持っている。


 音楽室の中、中学生の私は一人で黒板の前に立ちチョークを持っている。誰も話を聞いてくれない。自分勝手に好きなことを叫んでは、誰かのせいにする。ああ、後ろのドアから教室を飛び出した部員がいる。追いかけなきゃ、でもここを離れるわけにはいかない。誰かに助けを求めたい。顧問の先生? もっと面倒くさいことになる。後ろを見ると上級生の争いごとに巻き込まれた後輩は、困った顔をしている。どうしよう、どうしよう。


「あんたがやると、ぜーんぜん話し合いまとまらないんだよ。あーあ、◯◯先輩何考えてたんだろ。ムノーな奴は、ムノーな奴のことが好きなのかなー? ねぇ、礼奈?」


 礼奈と下の名前を呼ぶのは、ずっと部活を一緒にやってきたあの子。教壇の上に立っている私を下から思い切り睨み上げる目。馬鹿にしたように歪む唇—————。


 西、西? と呼ぶ声にはっとする。私を覗き込む槙が、心配そうな顔をしている。その目を見返せなくてふと横に顔をそらすと、鏡に写っているのは血の気の引いた自分の顔。


 いきなりこんな顔になったら心配したくもなるだろう。槙はただ、自然なことをしただけだ。でも大丈夫と答えた自分の声は、もしかしたら震えていたかもしれない。


「誰もが好き好んで仕切るわけじゃないからさ、いいんだけどね。私もまぁ、そこまで好きじゃないし。でも、西が仕切ってた練習も良かったよ?」


 と続ける槙に、かすれた声で心のこもらない感謝の言葉を述べた。今になって、サチスイを前にした恐怖と疲労が、どっと肩にのしかかってきた。いつまでたっても人前は嫌いだ。できないわけじゃない。大嫌いなだけ。私はヘ音記号のピアスを揺らして、無言で武道場を立ち去った。

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