第13話:原石を発見

 武道場に戻ると、相変わらずメトロノームの音がしていた。でも部員は、さっきと違う方向を向いている。武道場の縦方向ではなく、横方向に二列になって並んでいるのだ。そして


「あー本当だ! 鏡見るとわかるけど、頭ぐらぐらー」


 そんな声が聞こえて来る。武道場はダンス部が使うこともあるので、壁一面が大きな鏡になっている。確かに歩ける幅は狭くなってしまうけど、自分の姿を見れば何がダメなのか一目瞭然だし、感覚がつかみやすい。槙もそうだったけど、始めたばかりの人は、正しい歩き方と自分の歩き方が違うということへの自覚症状がないことが多いのだ。


 私に気がついて「おかえりなさい」と言う美波に、笑ってオッケーサインを出した。ほら、やっぱり優秀。 ほっとしたのか、美波の顔に笑顔が広がる。


「それじゃあ楽器を吹きながら歩いてみましょうか。一列目は後ろ、 前と動いてください。二列目は前、後ろ で。B♭の音で4拍2拍のロングトーン、お願いします」


 はいっという声で皆が楽器を構える。メトロノームのカウントに合わせて1、2、3、4吹く。1、2立ち止まる。1、2、3、4戻る。1、2立ち止まる。皆真剣な顔でB♭の音を奏でている。ぐわんぐわんと揺れるのは、やはり慣れていないからだろう。


「歩幅大きくなくても大丈夫です。合わせることを優先してください!」


 美波の指令が飛ぶと、歩幅はいくらか狭くなった。それによって生まれた安定感から、徐々に音のムラが少なくなっていく。


「2拍止まる時に、一列になるように確認してください。列がまっすぐになっていれば、前後で歩幅があっている証拠です! 同じだけ前に進んで、戻るようにしてください!」


 再び音の合間に美波が叫ぶ。皆が一列に並ぶタイミングを作ったのも、美波のアイデアだろう。前に歩くのはできても、後ろに歩くのは何もないのが分かっていても少し怖い。前後で歩幅が違ってしまうのを避けるために、確認のタイミングを設けるのは、可視化できるからわかりやすい。


 慌てて部員も横を見るようになった。合わせるのは音だけじゃない。歩幅、歩き方、列。全てが統一されて初めて、舞台が綺麗に見える。まだまだ練習が必要だけど、皆”周りを見る”ということができている。初めてにしては上出来。むしろ想像以上に上達している。私はトロンボーンを負けじと鳴らした。


 しばらくそれを繰り返した後、美波は全体を止めた。


「四時半までだということなんで、五分休憩しましょう。四時に戻ってきたときはスケール*でもう一度同じことを繰り返します」


 部員たちは早速復習を始めた。何人かでまとまって、ああでもないこうでもない、と歩き方の研究をしている。休憩と言ったけど、楽器を持たずにいるのはほんの数人で、トイレに行っている子だけ。それぞれの顔を見ると、立って楽器を構え続けた疲れはあまり見えない。新しいことに対して和気あいあいと楽しそうだ。


「美波!」


 私は部のいい感じの雰囲気の、影の立役者に声をかけた。


「出来栄えはどう?」


「初めてにしては出来ていると思います。あとは隊形にもよりますけど、練習して個人が必要な動きを習得できれば、定演に使う用にということなら十分でしょう」


 今まであまり喋ったことはなかったけど、美波は頭の回転が早いし意図を汲み取るのに長けている。大人しいと思っていたけど、やる時はしっかり引っ張っていける逸材だ。私はこの思わぬ原石に心の中でニヤリと笑った。そう、マーチング自体は別に完璧でなくてもいい。大切なのは、使えるぐらいのクオリティにすること。演奏に支障が出ないようにすること。


「うん、だよね。美波に任せてよかった」


 恥ずかしそうに笑う美波にもう一押しする。


「マジだから。私なら思いつかなかったこといっぱいやってくれて、ありがとう。やっぱり経験者は引き出しが違うわ」


「ほ、褒め殺ししないでください」


 赤くなった美波、可愛い。ニヤニヤと笑っている私の横に、サトが小走りでやってきた。心なしか顔が輝いて見える。美波のお疲れ様ですという挨拶に答えると、


「美波、もしよければ引き続きマーチングに関してはサチスイを引っ張って行ってくれないかな?」


 と予想通りオファーをした。


「でも、私……」


「全部を任せきりにするつもりはないよ。私も西も、やったことある人たちで美波を助ける。でも、練習のやり方とか、隊形とかを任せてもいいかな? 適任だと思うんだけど」


 サトの言葉に私もこっくりと頷く。


「後輩だから言いづらいこともあるかもしれないけど、さっきの美波を見てたら大丈夫だって思ったの。今優先すべきは先輩後輩よりも、誰が出来るかだと思うから」


 どうかな? 二人の先輩の前で断れないというのもあったかもしれないけど、美波はこくりと承諾した。心の中で、ガッツポーズ。肩の荷が一気に降りた気がする。私とサトは顔を見合わせて笑った。

 

                ***

 サチスイMemo♪

 スケール:音階、つまりドレミファソラシドのこと。Scale.

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