第11話:バトンタッチ

 メトロノームは同じ速さで、行進は二周目に入った。槙は武道館の端で後輩に教えてもらっているけど、中々上手くいかないらしい。どうももたもたしては、恥ずかしそうにしている。槙に教えてあげたいけど、私が抜けると仕切る人がいなくなるからどうしたものか。また誰か後輩に頼むか。と思ったら二つ結びの髪束を跳ねさせて、ちょうどさっきまで教えていた後輩が帰ってきた。秋田美波あきたみなみ、ホルンの一年生だ。


「美波、早いね」


 同じタイミングで指導に入った人はまだ教えているのに、美波はすでに終わっている。それを特に何も思っていないのか、


「少しだけコツを教えたら皆、すんなり出来るようになったので」


 とふわっとした女の子らしい笑みを浮かべた。美波が指導していたのはオーボエの二人。フルートに比べてちょっとだけひょこひょことしていたオーボエの子は今、同じように滑らかに動けるようになっていた。


「どこの小学校だっけ? マーチングどれぐらいやってた?」

「姉がやっていたので、小二からです。川匂第二小でした」


 ああ、納得。片手間でやっていた私の比じゃない。中学の部活にも川匂第二小のは何人か居たから知っている。本格的に熱を入れてマーチングをやっている、県内屈指の強豪校だ。しかも四年間もやっていたら毎年バンドに新しい子が入ってくるわけで、教え方も知っているだろう。私はサトに声をかけた。


「サト、仕切りスト*を交代しよ。美波の方が経験もあるし教えるの上手いから、私じゃなくて、美波にやってもらう」


 その声に、サトより美波が先にええっ、と声をあげる。


「無理ですって」


 一年だから—————言外に込められた悲鳴はよくわかる。そこまで厳しくないとはいえ、サチスイは吹奏楽部。上下関係は存在する。一年生が発言することはあっても、上級生が全てを仕切るのが普通。けど、マーチングに関しては二年生だって初心者分からないだから、そんなこと言ってられない。


「美波、あのへっぽこな槙を指導するのと全体の指導、どっちが難しいと思う?」

「そりゃあ全体ですよ」


 決まっているじゃないですか、と言う美波の肩をがっつりと組む。美波は大人しくて真面目なタイプだから私がこうすると、なんだかたかっているヤンキーとクラスの秀才の図みたい。突然のことにひゃっと声をあげた美波に私はニヤリと笑って


「大変な方を先輩に頼むなんて、美波は意地が悪いなぁ」


 と脅す。図じゃなくて、ヤンキーのいちゃもんである。知ってる知ってる。


「えぇ、先輩! そんなぁ」


 押しても引いても地獄の解答になるため、どうしようかと迷っている美波。そんな可愛い後輩から少しだけ目を離してサトを確認する。ま、見なくても分かってたけど、サトは列の合間からオッケーサインを送ってきた。


「後でコンビニでコロッケ奢るから。時間は1時間半、四時まで。基本のフォアワードマーチ*とリアマーチ*を出来るようにするのが今日の目標ね。よろしくっ!」


 私はそう言うと、バシッと背中を叩いて美波を解放する。そして最後の列が終わった瞬間にメトロノームを止めた。


「皆、これからは美波仕切りストだから言うこと聞いて。槙、あんたは私と個人レッスン!」


 私の言葉にはいっと答える部員の声に不信感はない。むしろ美波が初めて仕切ることをちょっと楽しみにしていそうなぐらいだ。それでも部全体に向けて指導なんてするとは思っていなかっただろう。申し訳ないとは思うけど、彼女なら大丈夫。


「えーと、西先輩より引き継いで、やっていきますねぇ」


 声色は頼りないものの、顔は真剣そのもの。多分頭の中で自分のやっていた練習方法をフル回転で考えているんだと思う。多分、私よりもうまくまとめてくれる。肩の荷が降りた私は、スキップしながら槙を捕まえに言った。


                ***


 サチスイMemo♪


 仕切りスト:合奏やミーティングなどでみんなを仕切る人。仕切る+~ist(バイオリニスト、コラムニスト、春樹ニスト的なノリで) = 仕切りスト。サチスイ用語。

 ex) 学指揮の伊藤羽佳子は、ミーティング時に仕切りストだった。


 フォアワードマーチ:前に(Forward)進む(March)こと。サチスイが話の中で挑戦していたのがこれ。


 リアマーチ:後ろに(Rear)進む(March)こと。バレリーナのようにつま先立ちをしてすり足で歩く。別名バックワード(Backward)。

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