サチスイ

黄間友香

1、定期演奏会へ向けて、始動!

槙 ゆりか(Tb)

第1話:始まりはコンクールロスから

 自分のやりたいことの七割方は、もう夏の結果が出てからすでに終わってしまったと思っていた。2013年、7月終わりの全日本吹奏楽コンクール市大会を勝ち抜き、8月の吹奏楽コンクールは県大会で銀賞。惜しいような惜しくないような。それでもまぁ、やるだけのことはやったと言えるような結果になった気がする、そんなお盆明け。少しだけ気の抜けた夏のこの時期、扇風機を頼りにして私たちさいわい高校吹奏楽部員は集まった。


 一つの普通教室に部員50人が集合する。椅子が足りないので後輩の何人かは隣から椅子を持ってきているぐらい。合奏よりはマシだけど正直暑くて、集中力もあったもんじゃない。


 ワイシャツは肌に張り付くし、流れてくる汗は拭うのすらめんどくさい。しかも、今日はずっとミーティングだから楽器はほとんど吹いていない。やらなければいけないのは分かっているけど、私は普段からミーティングの時、仕切っている子よりも時計を見る回数の方が多い。


 机や椅子に汗が染み付きそうだと思いながら、駅前でもらったうちわでパタパタと仰ぐ。塾の夏期講習のお知らせと共に、生ぬるい風がやってきた。暑い、文化祭の譜読みしなきゃ、勉強だるい、暑い。思考はただそれだけを延々と繰り返している。


「えーっと、まずはコンクールお疲れ様でした。私たちの結果については皆それぞれいろいろ思うところがあると思う。一年はこれを生かして来年頑張ってね。まあここにいる二年生もあまり他人事とは思わないで。三年になって出たければ出れるから。斎藤栄さいとうさかえ先生も招集かけてくると思うし。そこは自分の学力とよくよく相談してね。よろしく」


 一年のはいっという声と、二年の苦笑い。実績がいいとは言いがたいけれど一応進学校を名乗る幸高校は、二年の終わりでほぼすべての部活の上級生が引退する。斎藤先生という指揮の先生は毎年三年をコンクールへと誘うけど、参加する部員は居ても一人か二人。音大に進むならまだしも、三年の夏に吹部のコンクールに出る人は限られている。だから二年生には実質、吹奏楽部として挑むコンクールはもうない。


 私は皆と同じように笑いながら、うちわに込める力を少しだけ強めた。教壇に立っている学生指揮者の伊藤羽佳子いとうわかこは静かにー、と言うと白いチョークを手で転がしながら、言葉を続ける。クラリネットを持つよりも指揮棒を持つ方が多くなった彼女は、もしかしたら残るかもしれない。そんなことを思いながら、私はまた苦笑いする。


「コンクールの反省は午前中しっかりやった。ので、言った通りに午後は3月末の定演について話し合いたいと思います」


 その言葉にはい、と今度は羽佳子を除く49人が返事をする。定期演奏会は毎年3月に行われるからまだ先に聞こえるけど、その間にあるイベントを考えると今から始めないと実は間に合わなかったりする。しかも一年の集大成であり、私たち二年生の引退を意味する演奏会で失敗することはできない。このミーティングは、この演奏会の二部を決めるためのもの。


 幸高校吹奏楽部、略してサチスイの定期演奏会は三部構成。一部と三部がしっかりした正統派吹奏楽曲とくるならば、二部はポップス。そしてちょっとした劇。みんなが知っているような曲やJ-POPとかがメインになる。去年は有名なアイドルグループのメドレーやドラマのテーマソングみたいな王道ポップスと、ドレミの歌とかで有名な『サウンドオブミュージック』を劇としてやった。観客も分かるし、ノリノリな曲が多いから盛り上がる。


 羽佳子からは、あらかじめみんながやりたいと提出した曲のリストが配られている。わら半紙に印刷されたリストはだいたい100曲ぐらい。ざっと目を通して見ただけだけど、中々楽しそう。多分今年も、劇とポップスなんだろうな。と、J−POPと映画音楽の載ったリストをもう一度ゆっくりと眺めて、知らない曲に丸をつけていく。


「なんかこの組み合わせ良いかもみたいなのとか、推しの曲とかあったら言って」


 羽佳子がそう言うと配られたリストを見ながら、みんな周りと話し始めた。私は前にいるミルクティー色に染まった天パの頭をうちわでバシッと叩く。西礼奈にしれいな、ポロシャツは規定の白なんかとはかけ離れた紺色。とりあえず目立つ。


「西、これ絶対あんたが書いたでしょ」


 私が指差したのは『スターウォーズのテーマ』、『ジェラシックパーク』、『E.T.』と並ぶところ。作曲者のジョン・ウィリアムズは確かに私も好きだけど、西のそれは崇拝と言ってもいいかもしれない。案の定、目をキラキラさせてこちらを振り返った。


「ジョン・ウィリアムズやろう! 絶対やりたい!」


 演奏曲を決めるとき、今までこういうスケール大きめの曲を西はずっと提案してこなかった。でも普段は難易度が高くて手が出せないものも、定期演奏会なら大丈夫。満を期して出したのだろう。ま、確かにそうなんだけど


「『スターウォーズ』って確かに良いけど、これは難易度高いでしょ。カテエラだよ。一部の候補曲でも良いぐらい」


「ええ〜」


「ペットが大変じゃない? ハイトーンばっかり。三部もあるんだし二部でバテたら困るよ。斎藤先生がなんの曲選ぶか知らないけど、毎年金管がバッチリ出てくるの多いじゃん。しかも長いっての」


「いやでも、かっこいいんだってば」


 語りだしたら、止まらないというのはこういうことだ。西曰く、最初にトランペットがガツンとお客さんのハートをつかむ。そしてその裏で頑張るホルンも絶品。トランペットだけじゃ伝えきれない勇ましさがあって、それがペットのきらびやかさにプラスされる。ここがキュンポイント。弦のメロディーは代わりにクラリネットとかがやると考えただけでもう素敵、らしい。


 饒舌な西はその音を想像したのだろう。ニヤニヤと笑いが溢れ落ちている。まあ、私も好きだしいいんだけどさ。私はリストを再び見て、知らない曲リスト作りを再開した。西がこんな感じで他人事なのは、私たちがその隣でトロンボーンを吹いてあるからかもしれない。映画の冒頭のメロディーを考えると、確かにボーンは裏方だろう。


「しかも!」

「ん?」


 まだ言い足りないのか、と呆れながら西の言葉を待つと、もったいぶって咳払いなんてしてる。そして満面の笑みで出てきたのは


「有名!」


 という言葉。ガクッとずっこけたくなる。私たちの代は中学から吹奏楽をやっていた部員が100%。かれこれ五年ぐらい吹奏楽に触れているはずなのに、西は未だに我が道を行っている。確かに有名だしかっこいいけど、自分たちの首を絞めるような曲は正直言って避けたい。

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