第240話 決死の輸送

 鬱蒼と茂る森の合間を抜ける街道を荷馬車の列がゆるゆると進む。

 昼間にあって尚暗い、踏み固められただけの道を限界まで荷を積んだ荷馬車が轍を刻みながら進み、周囲を武装した兵士が取り囲んでいる。

 御者を含め、警備の兵士達の顔にもありありと緊張が浮かび、誰かが固唾を飲む音が静寂に大きく響いた。


 荷馬車の隊列は森の中にある曲がり角に差し掛かり、どうしても速度を落とさざるを得ないため、敵襲が予想される地点として事前に警告を受けていた。

 彼らの運ぶ荷物は、各領地より王都へと集結した討伐軍の腹を満たす食料である。

 度重なる襲撃を受け、小麦をはじめとした食料の値上がりは著しく、戦時国債でもある軍票での買い付けを渋る商人が出始めていた。

 利に聡い彼らは、今回の北伐が失敗すると考えており、償還時期が遅くなる軍票での取引を嫌うようになっていた。

 今回の荷物も、そうした大商人から王命を盾に半ば徴発するようにして買い込んだ資材である。襲撃されて届けられませんでしたでは済まないため、誰もが必死になっていた。


 しかし、懸念とは反対に襲撃が予想された地点を過ぎ、森を抜けて視界の開けた平野部へと到達できた。

 張り詰めていた緊張が緩んだその瞬間にこそ魔が潜んでいた。

 どちゃりと重い音を立てて、水気を含んだ何かが荷馬車に衝突した。兵士達に緊張が走り、武器を構えて警戒態勢をとる。

 謎の物体は森の中から散発的に飛来し、荷馬車にぶつかっては凄まじい臭気を以って、その存在をアピールしていた。

 森より飛来した物体。それは血が滴る動物の肉と内臓であった。意図の分からない攻撃に対して、兵士達は大盾を構えて荷馬車を守っていた。


 兵士達の努力を嘲笑あざわらうかのように、終末の足音が近づいていた。

 それは大地を覆い尽くす茶色の濁流として顕現した。森から湧き出すようにあふれ出た茶色の絨毯が、津波のように盛り上がりながら隊列を飲み込んだ。

 それは夥しい数のげっ歯類の波だった。一匹一匹は地球のそれと大差なく、小型の猫程度のネズミだったが、その数が尋常ではなかった。

 数百もしくは千にも届こうかと言う大量のネズミが鯨波となって押し寄せた。異常な興奮状態にあるネズミの群れは、荷物も生物も関係なく隊列を蹂躙した。


 無論兵士達も奮闘した。手にした武器で立ち向かい、油壺を割って松明で火をつけたりもした。

 しかし、いずれも圧倒的な数の前にあえなく押し流された。盾を構えて槍で突こうとも、数匹を殺す間に数十匹が殺到し、兵士の体を食いちぎっていく。

 本能的に火を恐れるはずのネズミだが、体が燃えてもお構いなしに突進してくるため、延焼して余計に混乱が拡大した。

 暫くすると地上に動くものは居なくなっていた。荷馬車を牽引していた馬は骨と皮だけに成り果て、大地には焦げたネズミの屍骸と、かつて兵士であったであろう物体が纏っている鎧などの装備品だけが残された。


 彼らを蹂躙した茶色の津波は、そのまま森の奥へと走り去っていった。

 動くものの絶えた惨劇の現場に、ブーツの脚が地面を踏みしめた。軍用の編み上げブーツが焼け焦げたネズミを踏み潰す。


「ふむ、数を増やすのに手間をかけただけはあったな。生物は皆殺しだが、荷物には手をつけない、理想的な略奪者だな」


「そうでもないぞ。木箱や樽は無事だが、麻袋は食い破られて中身が汚染されているな。小便臭くてかなわない」


「必要経費だ。無事な食料だけを集めて、残りは火をかけろ。これで更に食料の調達は滞るだろう、もはや軍を維持することも適わないはずだ」


「あの飢えたネズミどもはどうする?」


「どうするも何も、飢えさせた上に薬で興奮しているんだ、制御なんて出来ない。手当たり次第噛み付いて喰らい、食うものが無くなれば共食いをし、最後には森のどこかで飢え死にして死に絶えるだろう」


「あいつらが気まぐれで戻ってこないうちに撤収するぞ!」


 襲撃を計画し、首尾よく目的を達したリゥ達は、荷馬車から馬の屍骸を外して荷物を纏め、連れてきた巨大山羊に牽かせて現場を立ち去った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「――以上が直近の襲撃事件の概要だ。生存者がおらず、襲撃の詳細については分かっていないが、意図的にネズミのスタンピードを発生させた可能性が高い。更に現場に残されていた靴跡が、人民解放軍のブーツパターンと一致した。つまり、これらの襲撃には我々以外の来訪者が関与している可能性が高い」


 久しく使われることの無かった『カローン』のミーティングスペースにアベルの声が響く。

 参加しているのはドクとヴィクトル、カルロスにウィルマであり、ハルとシュウの姿は見えない。


「相手もなかなかやり手だな。どうやって輸送計画を手に入れているんだ? 限界まで関与する人間を絞った輸送計画でも襲撃を受けたんだろ?

 しかも襲撃パターンが多彩だ。薬物中毒者を用いた襲撃に、水源地の毒物汚染、視認範囲外からの指揮官狙撃、爆発物による道路封鎖などなど」


「今までに計画された輸送計画のうち、無事に積荷を目的地まで届けられたのは2回のみ、いずれも千名を超える護衛部隊が随行している場合限定だ。大規模な輸送部隊は確実に襲撃を受けるが、馬車一台程度の行商人は襲撃されない場合が多い。完全に物流を断たれた訳ではないが、都市部を支えるだけの物流が確保できないため、あちこちに支障が出始めている」


 アベルの補足説明に対して、ヴィクトルが呟く。


「それで我々にお鉢が回ってきたと言う訳ですか。自分達が襲撃側だったとしたら、どうやって襲撃を予測します?」


「余剰物資がある地域は割れているんだ、内通者がよそ者の来訪を報せれば先回りは可能だろう」


 カルロスの発言にドクが異論を唱えた。


「それじゃあ間に合わないだろう。こっちの文明レベルは中世だ、最も速い連絡手段が馬だぜ? 狼煙のろしなんかは観測されてないし、伝書鳩なんてのも実用化されてねえ」


「敵側の来訪者が我々と同様に近代装備を持ち込んでいる可能性はどうだろう?」


 ウィルマが新たな可能性を提唱する。


「発見された靴跡のパターンから、数人程度の来訪者の存在が予想される。しかし車両の存在や、電波の送受信も検知できていないところを見ると、部隊運用可能な程の設備を持っているとは考えにくい。それよりも襲撃者の死体から薬物は検出できたのか?」


 アベルがウィルマの案に対して判明している事実を述べ、検体を解剖したドクに対して質問を投げかけた。


「ああ、大麻ハシシに阿片と恐らくモルヒネも精製しているだろう。それら麻薬特有の残留物質が検知されたのと、これは一名のみなんだがメタンフェタミンが検知されている。判り易く言うと覚せい剤だな、合成麻薬なんでそれなりの精製設備が必要になる」


「なるほど。いずれにせよ十分な情報を得ることは難しいな。となると、現場を押さえるしかない訳だが、不測の事態に備えていくつか保険を掛けた上で作戦に臨みたい」


「シュウの転移を使って、本拠地を強襲するんじゃ駄目なのか? 遊撃部隊が幾らちょろちょろしようと、本拠地が壊滅したら戦闘を継続できねえだろう?」


「地球での北朝鮮侵攻作戦後にシュウが倒れたからな、恐らく人間を殺害することに忌避感があるんだろう。今回の作戦も同様に、相手は同じく人類となる、この局面でシュウが脱落するリスクは冒せない」


「しゃあねえか、それでシュウは何してるんだ?」


「白龍への供物を求めて神域の島へ出向いている。何か考えがあるらしく、ハルと一緒に各拠点を巡っているようだ」


「それじゃ、俺らは俺らで出来る事をやるとしますかね。地形データの収集と迎撃地点の選定、後は輸送計画も立案しねえとな」


 アベル達は具体的な作戦を練り始めた。様々な人々の思惑を乗せた、運命の車輪は回り出していた。

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