第230話 王城奪還作戦03

 膝を狙って走る鋼の刃が空を切り、飛び退って回避した相手を追って踏み込んだ。

 振り切った長剣の勢いのままに体を回転させ、逆側の腕に装着したラウンドシールドでシールドバッシュから、長剣での刺突へと攻撃を繋ぐ。


 アマデウスのシールドバッシュを己のカイトシールドで受け流し、喉笛を貫かんと差し込まれる刃を斧の柄で逸らす。

 火花を散らしながら滑る刃の根元へ潜り込ませた斧を跳ね上げ、アマデウスの無防備な胴体へと体重を乗せたショルダーチャージを叩き込んだ。

 金属同士がぶつかる激しい音が上がり、二人は距離を取って対峙する。

 同門であり、互いに手の内を知っている間柄だけに定石通りの攻撃は先を読まれてしまう。畢竟ひっきょう、通常の剣技から更に踏み込んで独自に昇華させた方に軍配が上がる。


「幾らか腕を上げたようだが、決着を急ぎすぎる性質は変わっておらんな」


 ユリウスがアマデウスに向けて声を放ち、咳き込みつつも苦々しげに相手が応じる。


「重心が先端に寄った斧で、剣術に対応する貴様が異常なのだ! だが剣術では敵わずとも、貴様如きに負けるわけにはいかぬ!」


 叫んだアマデウスの大振りの一撃と、最小限の回避で見切ったユリウスの切り上げが交差した。

 手にした長剣ごと肘から先を切り飛ばし、振り上げた斧をアマデウスに向けて振り下ろそうとしたその時。

 脇腹に灼熱にも似た痛みが走り、攻撃を中断して飛び退った。

 距離を取って明らかになったアマデウスの姿は、人の形から逸脱してしまっていた。

 肘の断面から肉色の触手を伸ばし、その先端は白く鋭利な鉤爪となっており、ユリウスの脇腹を切り裂いた時についた血に濡れていた。


「人間とは不便な生き物だ、そうは思わぬかユリウス! 『吸血鬼』ならば腕を失っても生やせば良く、実力で勝る相手の不意を突くことも出来る」


「くっ…… 油断した……」


「その油断が命取りよ。は傷口より入り込んだ。誇り高き『巨人ギガース』殿は『吸血鬼』となるか『人狼』となるか、じっくりと眺めさせて貰おう」


 アマデウスが勝者の余裕を滲ませつつ、ユリウスの人生が終わる事を告げた。

 致命の事実を耳にしつつも、ユリウスは脇腹を圧迫して止血を施し、斧を手にして立ち上がる。


「ほう! まだ抗おうと言うのか? しかし、その痩せ我慢がどれほど続くかな? すぐに体が麻痺して動かなくなるぞ!」


 ユリウスは構わず走り出し、アマデウスは触手を鞭のようにしならせると鉤爪を頭上から叩きつける。

 白骨で出来たかのような鋭い鉤爪をユリウスは手にした盾で弾き、アマデウスの左手を盾ごと肩口から切り飛ばした。

 ユリウス決死の攻撃もむなしく、肩口からは肉色の触手が飛び出し、すぐさま側面に白い骨盾を備えた新たな腕を形作った。


「無駄な足掻きを! どれほど切り刻まれようと貴様では私を倒せはせぬ!」


「それはどうかな?」


 ユリウスが不敵に笑うのと、石畳に鉤爪が落下して乾いた音を立てるのは同時だった。

 見ればアマデウスの右手を作っている触手が、その色を失い崩れつつあった。

 いくつもの小さな肉片に分かれ、ぼとぼとと地面に落ちては、うぞうぞとうごめいている。

 触手の先端に存在した鉤爪を支える部分が崩壊したことにより、重量を支えきれなくなったのだ。


「こ、これは一体!?」


 アマデウスは激しく動揺しつつも、的確に対処をしてのけた。

 即ちそれは、残る左手で切り落とされた腕と剣を掴み上げ、その刃で右腕の肘から先を切り飛ばした。

 切り飛ばされた触手はどんどん崩壊し続け、逆に肘からは新しい触手が生え、瞬く間に白い鉤爪を備えた右腕となった。


「来訪者が下さった秘薬だ。貴様の体を作る虫のみを殺す神秘の薬よ!」


 ユリウスが得意げに言い放つが、実際には秘薬などではなく、単なる駆虫薬だ。

 ドクが溶血毒素以外で、サンゴ虫のみを駆除できる薬剤を探した際に、住血吸虫や条虫などの駆除に効果が高いプラジカンテルを試したところ、劇的な反応を見せた。

 作用機序はさっぱり分からないものの、恐らく養分を取り込めなくなるのだろう、次々と組織を維持できずに死滅してしまった。

 これを見たアベルは常備してあるプラジカンテルを、作戦に従事する全員に経口摂取させていた。

 本来は寄生されてから服用するのだが、血漿中に有効成分が含まれていれば寄生を予防できるという副次効果が見込めたため作戦前に服用し、予備として2錠を携帯させている。

 因みにプラジカンテルは非常に早く代謝されるため、寄生予防効果は1時間ほどに留まってしまう。


「またしても……またしても来訪者か! 忌々しい!!」


 アマデウスは絶叫すると左手の触手を伸ばし、物陰に転がされていた使用人の首を刎ね、その断面から血液を貪った。

 突然の凶行にユリウスは触手を切り飛ばそうと斧を振るうが、一瞬早く引き戻された触手を掠めて空を切った。


「アマデウス……貴様、王族の方々もそうして手に掛けたのか!?」


「愚問だな。貴様らが豚を殺す時に、その豚の出自を気にするのか? 良く肥えた豚がいたから、殺して食った。自然の摂理ではないか!」


「外道め! 最早貴様は生かしておけぬ! せめてもの情けだ、兄弟子たる俺の手であの世に送ってやる!」


「ふはははは! 大それた口を利く。確かに剣の腕では貴様には敵わぬが、これならどうだ?」


 そう言ってアマデウスが体を掻きいだくように身を縮めると、両の肩口より更なる触腕が生えだして先端に長大な刃を生み出した。

 四本の腕を縦横に振るい、アマデウスはユリウスを攻め立てる。


「どうした、防戦一方ではないか? 私を殺すのではなかったのか?」


 アマデウスはユリウスを嘲弄しつつも、その攻撃を緩めはしなかった。

 数メートルものリーチを誇る触腕による猛攻は、ユリウスを圧倒し反撃を許さない。

 時間差を付けて上下左右から襲い掛かる攻撃を完全には回避しきれず、ユリウスの体にはいくつもの切り傷が生まれていた。

 アマデウスは先の徹を踏むことなく、ユリウスの血液を避けるよう立ち回り、白色の刃や鉤爪で切り刻んでいく。


「終わりだ、ユリウス! 貴様は確かに強かった。人間にしては、だがな!」


 骨盾の強打を逸らし、鉤爪を間一髪で蹴り返して体勢が崩れたところへ、とどめの刺突が両側から突き込まれた。

 左右のどちらを防ごうと、逆側の刺突が体を貫く必殺の攻撃。しかし、ユリウスはそのどちらをも選ばなかった。

 防御を捨てて前方へと身を投げ出し、背中を切り裂かれつつも懐へと潜り込む。そして口腔内に溜まった血液と共に、噛み砕いた錠剤プラジカンテルをアマデウスへと吹き付けた。


 アマデウスにとって致命の毒霧が吹きつけられ、声にならない絶叫を上げて四本の触腕を出たらめに振り回す。

 漆黒の鎧を除いた剥き出しの生身部分が変色をはじめ、腐った肉が剥がれ落ちるかのように崩壊が始まった。

 ユリウスはこの隙を見逃さず、振り回される触腕を切断し、逃げられないよう両脚をも切り飛ばした。


「勝ちを急ぐからそうなるのだ。貴様は餌を前にすると自制が利かぬ、最期まで直らなかったな……」


 ユリウスはどこか悲し気に告げると、アマデウスの首を愛用の斧で刎ねた。

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