第226話 反撃の狼煙

 俺がアンテ伯領から王都のアンテ伯爵邸へと戻ってくると、その邸宅の様子が一変してしまっていた。

 補強を施された門扉の前には赤黒い水溜りがいくつも出来ており、敷地内に踏み込めば外壁に無数の弾痕が穿たれている。

 元より装飾の少ない庭に彩を添えていた樹木は焼け焦げ、花壇に至ってはレンガ造りの基礎から崩れ、内部の土がこぼれていた。

 庭の広範囲にわたって航空機による爆撃でも受けたかのように焼け焦げており、溶けた金属があちらこちらで冷えて固まっている。

 明らかに尋常ではない様子に邸宅をみやれば、全ての入り口にシャッターが下り、屋敷のあちらこちらから黒光りする銃口が覗いていた。


「地面を掘り下げて地下室は作ったけど……いつから伯爵邸は要塞になったんだ?」


 呆気にとられて独り言をこぼしていると、PDAに着信が入った。


「よう! お帰り、シュウ。留守中に敵襲があってな、ちっと散らかってるぜ。玄関を開放するから地下室に来てくれるか?」


 俺が了承の返事をすると、ロックの外れる音を響かせ、正面玄関の扉が開いた。

 地下のコントロールルームへ到着すると、『巨人ギガース』ことユリウス殿がぐったりと横たわっており、ドクが珍しく忙しげに動き回っていた。

 俺の姿を認めるとハルさんが小走りに駆け寄ってきて、荷物を受け取りつつ飲物を渡してくれた。

 ハルさんに礼を言いながら、留守中の出来事とユリウス殿の容態を確認した。


「お帰りなさい、シュウ先輩。ユリウスさんは試作聖鎧せいがいで戦闘をされ、反動が出て休息されています。外傷等はないので、時間経過で復帰されると思います」


 試作聖鎧とは楽園教の聖鎧にヒントを受け、ドクが科学と魔術を融合させて作り出した新装備となる。

 培養した筋肉組織を電子制御するアクチュエータを備えた、パワードスーツに近い代物であり、最大の特徴として鮮血魔術ブラッドマジックに依る反応速度の引き上げが存在する。

 既存の聖鎧は出力こそ凄まじいものの、使用者の反応速度が追いつかず直線的な動作が多くなるという欠点があった。

 その欠点を解消するべく神経系に侵入し、強制的に思考速度を引き上げ、神経伝達経路を改変することで高速機動を実現したのだ。


 残念ながら試作品ゆえに欠点も多く、まず長時間の連続運用に耐えられない。

 更に一度引上げた反応速度は徐々にしか戻らず、装備を外した後に重度の車酔いに似た症状が出てしまう。

 今のユリウス殿は、酷い吐き気と眩暈めまいに悩まされ、口を聞くことすら出来ない状態となっているのだろう。


「シュウが留守中に楽園教の聖騎士団と『吸血鬼』の襲撃があったぜ。まあどっちも撃退したんだが、面白いデータが取れてな、見てみるか?」


 ドクがそう言って再生した映像には、試作聖鎧を纏ったユリウス殿と聖騎士の一人が戦っている状況が映っていた。

 大きく間合いを詰めてくる聖騎士に対して、ユリウス殿は体を躱しつつも踏み込んで、相手の爪先を踏みつけて体勢を崩し、反撃を叩き込むというテクニカルな攻撃を実現していた。

 そこを起点に繰り出される連撃は、まるで3D格闘ゲームを見ているかのような、流麗な攻撃だった。

 カウンター攻撃で相手を止めて、高く浮かせたところに肘打ちで地面へと叩き落とし、バウンドしたところを蹴り飛ばす。


「これは凄い! ゲームなら5ヒットコンボってところだね。理想的な動きをしているように見えるけど、何か不具合でも起きたの?」


「うーん。まあ、この動きは本人のセンスによるところが大きくてな。汎用化するには、もうちょい思考速度のクロックアップが必要になる。あと発生した衝撃が予測数値以上だったんで、膝部のショックアブソーバから液漏れが発生しているんだよな」


「ガチンコの殴り合いはロマンだけど、武器と防具は必要だってことかな? 彼本来のスタイル通り、片手斧と盾なら鎧には負担が掛からないよね?」


「聖鎧装着者同士の戦闘に掛かる負荷を低く見積もりすぎたな。とは言え、防御力を上げると重くなりすぎるし、これ以上反応速度を上げると反動が許容できないレベルになっちまう……実用化には時間が掛かりそうだなあ。

 ま、今回の襲撃で面白えサンプルが手に入ったからな、別方向からアプローチが出来るかもしんねぇ」


 自分用の装備ではないためか、それほど興味が持てず、気にかかっていた事を訊ねる。


「それで『吸血鬼』ってどんな感じだった? やっぱり漆黒のマントを纏った美形だった?」


「んにゃ、パッとしねえおっさんだったよ。身体能力は流石に高かったけどな」


「過去形ってことは倒せたんだ? やっぱり伝承通り心臓に白木の杭を打ち込むか、陽光で灰になったのかな?」


「別に不死身でも何でも無かったぜ。あ、いや……不死身っちゃあ不死身か。シュウが神域の島で捕まえてきた蛇が居たろ?」


「ああ、ドクに頼まれた奴ね。あんなに沢山どうするの? 保存食を作るには向かない肉質だよ?」


「肉が目当てじゃねえよ。あいつの毒が必要だったんだ。溶血毒素が含まれていたからな、ちっと『吸血鬼』に対するカウンターメジャーとして使わせてもらったぜ」


「へー……『吸血鬼』に毒が有効なんて初耳だよ。がっかり不死者の王ノスフェラトゥだなあ……」


「まあ、外部から血液を補充しないといけない生態してるんだ、血液の成分を破壊すりゃダメージを受けるんじゃねえかと思ってな。

 この世界の『吸血鬼』ってのはアンデッドじゃねえ、所詮は生物だってことさ」


「ふーん。じゃあ蛇は今どうしてるの?」


「ああ、何でもフラウド商会のボニファティウスっておっさんが居たろ? あの人が欲しいって言い出してな、今頃皮にでもなってんじゃねえの?」


「胆嚢狙いだったのかもね、惜しいなあ。小骨は多いけど、美味しい肉でもあったんだよね。まあ無理して食べたいものでもないけど」


「それよりもシュウ、アベルが呼んでたぜ? 多分持ち出した装備の搬送だろう、悪ぃが任せたぜ」


 俺は飲干したカップをハルさんに託し、アベルの許へと向かうべくコントロールルームを後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 薄暗がりの中、液体を満たした培養容器に無数のチューブに繋がれた人間の生首が浮かんでいた。

 計測機器から得られるバイタルデータを眺めながら、マイクに向かって英語で話しかけると、機械合成された音声でラテン語が紡がれた。


「さってと…… おーい! 意識は戻ってるんだろう? 死んだふりは通用しないぜ?」


 ドクが『吸血鬼』の生首に話かける。諦めたかのように目を見開いた『吸血鬼』に対して更に言葉を重ねた。


「今からお前さんにいくつか質問をする。イエスなら瞬き1回、ノーなら2回だ。理解できてるか?」


 『吸血鬼』は声を出そうとしたが、肺が存在しないため音にならず、仕方なく一度だけ瞬きをした。


「OK! さて、おっさん。あんたは今、囚われの身だ。生殺与奪を俺様が握っているのは判るな? それじゃあ質問だ、『吸血鬼』ってのはあんただけか?」


 暫く間をおいて『吸血鬼』は2回の瞬きをする。答えはノーだ。


「あんたの体は調べさせて貰った。面白ぇもん飼ってるんだな。ただ、不自然だ。こんな生態は天然じゃ生まれっこねえ。あんた誰かに『吸血鬼』にされただろ?」


 この質問に対して『吸血鬼』は一切の反応を返さない。


「だんまりか? あんた自分の体について詳しく知らねえだろうから解説してやるよ。

 あんたの体に寄生っつーか、最早あんたの体を構成しているって言っても過言じゃねえ、そいつはサンゴ虫の一種だ。あんた本来の肉体を食らって増殖し、群体を作ってあんたの体に成り代わってる。

 そいつらの生命力は凄まじく、内臓も無しに頭部だけのあんたを生かせる程に柔軟性に富んでいる。

 あんたが血液っつー養分を供給し続ける限り、サンゴ虫はあんたを生かそうと奮闘するが、養分が少なくなるとあんたを食い始める。

 幸い聖騎士達が大量の血液を提供してくれたんで餌には事欠かないが、あんまり強情を張ると、おっさん食われるぞ?」


 そう言ってドクは『吸血鬼』に繋がるいくつものチューブのうち、一つに対してストッパーで輸液の量を絞った。

 効果は劇的で、首から下を再生しつつあった組織が変色を始める。

 瑞々しい肉色の断面は乾いて萎れ、暫くすると赤みが抜けて白く変色していった。

 体内で何が起こっているのか判らないが、『吸血鬼』の表情は苦悶に歪み、想像を絶する苦痛を味わっているのがありありと見て取れた。

 ドクは再びストッパーを緩め、輸液の量を増やしてから話かける。


「話す気になったかい? うんうん、人間素直が一番だよな。時間はたっぷりあるんだ、色々と話してもらうぜ?」


 王都の夜を支配した『吸血鬼』は、油断無く計器を見つめ口角を上げる男を、絶望の眼差しで見つめていた。

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