第225話 伯爵邸襲撃02
ユリウスは聖騎士達の鎧が変色し始めた段階で、門扉を閉ざしてテラスへと駆け戻り、設置されているプロジェクタとスクリーンを恐る恐る回収した。
そう、法王や枢機卿達は自邸に引き篭もっており、テラスに見えたのは撮影された映像に過ぎなかったのだ。
フックを外した瞬間、自動的に巻き取られて棒状になったスクリーンと、熱をこもらせたままのプロジェクタ本体だけを小脇に抱えて室内へと飛び込む。
ユリウスが起き上がった時には、全ての窓という窓に金属製のシャッターが下り、二階の窓からは8台ものセントリーガンが並んでいる。
「お疲れ様です、ユリウス様。当初の予定通り地下室へとお戻りください」
女性の声に導かれるまま、半地下のワインセラーから更に下へと続くハッチ式ドアを潜って降りていく。
如何なる魔性の業か、今しがた潜ったハッチが自動で封鎖され、視界が闇に閉ざされるが、青白く光る光源が順路を指し示す。
頑丈な金属製の扉を抜けた先に広がっているのは、広大な地下室だった。地下だと言うのに真昼のように明るく、常に新鮮な空気が送り込まれているのか、空気が淀む様子もない。
地上の様子を映し出すモニターの前に座す金髪の男性と、大柄な黒人男性が何やら話し合っていた。
ユリウスは童女のように幼い女性に、地上から回収してきた機材を託し、用意された席に腰掛け様子を見守った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「このままじゃ門扉はともかく、壁がもたねえな。ヴィクトル! 奴らを誘い込むが、準備はできてるか?」
「いつでも行けますよ! 解放空間ですしね、色々と工夫を凝らしました。存分に楽しんで貰いましょう!」
ヴィクトルの返事と共に正門の門扉が開放され、文字通り雪崩のように元聖騎士達が突入してきた。
とうに理性を失っているらしく、最前列の聖騎士は門扉と仲間に圧し潰され、更に足蹴にされて痙攣しているのが判る。
我先にと殺到した挙句に将棋倒しとなり、大地に身を投げ出した聖騎士が体を起こして咆哮した。
仲間を蹴りつけて恐ろしい勢いで飛び出した聖騎士の姿は、遠景を撮影しているカメラの視界から一瞬にして消え去った。
しかし断続する乾いた破裂音が響くと、再びカメラの視界内へと叩き返された。
ドクお手製の火器管制システムにより、有機的に連携し敵を自動で迎撃するセントリーガンの前では、多少動きが速い程度では話にならない。
次々と聖騎士達が突撃するものの、互いに射界をカバーし合うセントリーガンの連携の前に、あえなく前進を阻まれていた。
「はっはー!! 大したスピードだが、おつむがお粗末だな。馬鹿正直に正面突撃するだけじゃ、弾薬が尽きるまで足止めだぜ?」
「いやいや、あんな状態でも生存本能なのか学習能力なのか、正面を避けるみたいですよ?」
正門から邸宅へと続く通路が通れないと学んだのか、聖騎士達は通路脇に植えられた花壇を跳び越え、側面へと回り込もうとした。
彼らが着地し、真正面へと駆けだそうとした瞬間。無数の鉄球が扇状に散布され、その体を引き裂いた。
彼らを迎え打ったのは所謂設置式の指向性対人地雷。米軍から払い下げられたM18クレイモアをベースに、ドクとヴィクトルとで魔改造を施した自慢の逸品だった。
異世界に来て以来、威力に乏しい対人兵器は活躍する機会がなく、『カローン』の倉庫にしまい込まれたままだったのだ。
ようやく日の目を見た設置型兵器は、その鬱憤を晴らすべく持てるエネルギーを聖騎士達に開放した。
従来は真球の鉄球が詰められるのだが、丈夫な金属鎧を打ち抜くべく貫通性能に特化した弾頭を備え、尚且つ体内で変形する事により、体組織を掻き回す凶悪な兵器へと変貌していた。
「あ! 地雷を跳び越えようなんて無粋な真似はいけませんよ!」
助走をつけて大きく地雷原を跳び越えようとした聖騎士が空中で二つに分離した。
七面鳥退治に活躍した必殺のアルミナウィスカー繊維の結界が施されており、不用意に跳んだ聖騎士は鎧の表面を削りつつも関節部分で体を分断されて地に落ちた。
しかし敵もさるもので、幾らか理性が残っているのか、仲間の死骸を盾に銃弾の雨を掻い潜る。
セントリーガンが吐き出す5.56ミリ弾では貫通力が足りず、彼らの前進を許してしまっていた。
「ちっ! 奴さんも中々やるじゃねえか。仕方ねえ、ヴィクトル、ウィルマ! 頼んだぜ」
「HAHAHA!! この時を待っていました!」
ヴィクトルが起爆装置を操作した瞬間、円筒形の物体が撃ちだされ破裂した。
次の瞬間には蒸気による雲のような物が形成され、瞬時に辺り一帯が巨大な火炎に包まれる。
これは所謂燃料気化爆弾の一種であり、小規模ながら広範囲を一気に焼き払う。通常の爆弾との相違点は、12気圧にも達する爆圧と摂氏3,000度近い高温が長時間、連続して全方位から襲ってくることにある。
範囲内に居た多くの聖騎士達は跡形も残さずこの世から消え去った。そして運良く殺傷範囲外に居た聖騎士達に次なる刃が降りかかる。
風切り音と共に飛翔したカーボン製の矢が、聖騎士の首筋に突き刺さると、次の瞬間聖騎士の体は歪んで裂けた。
矢に括りつけられた数種類の材料と水が詰まったカートリッジが原因だった。金属アルミニウム粉末で酸化鉄を還元する際に発生する熱を利用したテルミット爆弾の一種だ。
着弾の衝撃で反応が始まり、高温を発した素材が隔壁を焼き切って水に触れる。瞬時に高温の蒸気へと変貌した水が水蒸気爆発を起こして聖騎士を引き裂いたのだ。
銃弾に倒れ、地雷を踏み抜き、広範囲の焼却で跡形もなく消し去られ、数を減らした聖騎士達に襲い掛かる容赦のない追撃。
数える程になった聖騎士達は逃げ出そうと、その身を翻した瞬間に頭部を失った。
遅れて響く狙撃音が死神の存在を聖騎士達に知らしめた。立て続けに三度響いた銃声がこだますると、頭部を無くした聖騎士の体が傾いで倒れ、辺りに静寂が戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんだありゃ!? 流石の俺もあんな風に焼かれたら死ぬかもなあ…… なんだってあんな連中に喧嘩を売りつけたんだ、お偉いさんは……」
「
アベルが通じないのを承知で、パーティの終わりを告げる台詞を投げかけた。
聞こえるはずのない声を耳にして、薄汚れた恰好の男――『吸血鬼』は飛び跳ねた。
アベルはその全身を近未来的なスーツで覆っていた。そのスーツは不完全な光学迷彩と、ほぼ完全な体熱遮断を実現していた。
『吸血鬼』は声の発生源を見つけられずにあちこちを見回している。よくよく観察すれば微妙な空間の揺らぎのようなもので、その存在を認識できるのだが、動転している彼には無理な相談であった。
常に圧倒的強者であり、狩る側であった『吸血鬼』は、己の知覚で捉えられない敵の出現に慌て、咄嗟に伯爵邸を窺っていた隣家の屋根から飛び降りようとした。
『吸血鬼』の逃避行は不可視の何かにぶつかって止まってしまう。よろめいて倒れた体を起こそうとした瞬間に銀光が閃き、『吸血鬼』の喉笛は広範囲に亘って切り裂かれた。
通常であれば致死の一撃だが、『吸血鬼』は一切拘泥せずに不可視の敵がいる場所から逆へと身を投げた。
傷口から盛大に鮮血を迸らせつつ、『吸血鬼』は必死に王城を目指して駆けた。
しかし、すぐに己の体がおかしい事に気が付いた。いつもならば即座に修復が始まる傷口が塞がらず、溢れ出す血液と共に凄まじい勢いで体温を奪われていく。
異常に気が付いたところで既に遅く、最早指一本とて動かすことが叶わない。薄れゆく意識の中、『吸血鬼』は何者かが近づく足音を聞いたような気がした。
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