第215話 人狼裁判01

 法王の呼びかけにこたえ、枢機卿の一人が立ち上がると訴状を手に、その罪状を読み上げる。


「アンテ伯マーティエル卿は楽園教信徒でありながら、領主襲撃を企てた司教への復讐心を抱き教会を襲撃し、関係者を虐殺した上に放火いたしました。

 フレデリクス司教の行動に問題があったにせよ、明らかに過剰な報復であり、教会に対する敵対行為と認められます。

 

 また難民の受け入れを謳っておびき寄せ、これを虐殺した上に財産の収奪及び、生存者は奴隷として労働力に充てているとの嫌疑が掛かっております」

 

 朗々と響く美声で伯爵を糾弾した枢機卿は、列席者達の中でも一際若く、秀麗な細面には何の感情も浮かんでいないように見える。


「ご苦労であった、グレゴリウス卿。さて、アンテ伯代理コンラドゥスよ、そなたには申し開きの機会が与えられる。

 神の名の下に真実のみを述べる事を宣誓せよ」


 法王のいらえを受けてグレゴリウスと呼ばれた枢機卿は着座し、視線はコンラドゥスへと集まる。


「残念ながら法王猊下。私は宣誓いたしません。シュウ殿、お願い致します」


 コンラドゥスの声を受け、俺はプロジェクタの投射レンズにかけられたカバーを外す。

 するとそれまで何も映していなかったスクリーンに初老の男性貴族が現れた。


「私、アンテ伯マーティエルは神の名において、真実のみを述べることを誓約いたします」


 唐突に現れた伯爵の映像と、その宣誓に会場は騒然となった。

 法王は眉根を寄せて不快感を示し、低い声で告げる。


「これは一体何のまやかしか? 神聖なる審議の場において、動く絵とたわむれよというのか? 厳粛なる法廷を侮辱した罪は万死に値するぞ」


 その声に即座に伯爵が反論する。


「まやかしではございません。私は間違いなくアンテ伯マーティエルであり、領内と王都との距離を越えて審議に参加しております。ゆえに私が宣誓いたしました」


 そう言って伯爵は画面に伯爵の身分を示す、真印の印璽を映してみせる。

 黄金の煌きと複雑な意匠の印璽を紋章官が確認し、間違いない事を告げた。


「確かに伯爵のようだが、何故本人が審議の場へ参らぬ? このような奇術を用いずに、其方そなた自らが釈明すべきではないのか?」


「お言葉ですが法王猊下。はっきり申し上げると私は貴方達を信用できかねるのです。

 猊下自身はともかく、私を告発した枢機卿など聖職に値しないとすら思っております」


 伯爵の過激な発言に、法廷は俄かに騒然とし始める。

 気色ばむ枢機卿を身振りで制し、法王は伯爵へと問いを重ねた。


「如何に伯爵といえども、その発言には相応の報いが与えられよう。それでも尚、取り消さずにグレゴリウス卿の資質を問うと申されるか?」


「正にその通りです猊下。そちらにおわすシュウ殿を見て、何かお気づきになられませんか?」


 伯爵の言を受け、法王は改めて異形の男を上から下までじっくりと眺める。

 漆黒の角を生やし、銀の髪と闇を流し込んだかのような左目、異常に白い肌をした男。

 明らかに異形ではあるが、どこか既視感を覚える。昔この男に似た何かを見たような気がする。

 それは遠い記憶にある建国の祖にして、賢者と称された偉大なる人物の面影だった。


「そうです。我が師『魔術師マグス』の関係者なのです。そして私は他ならぬグレゴリウス卿から師の訃報を告げられた。そうでしたな?」


 急に話しを振られたグレゴリウス卿は、しかし慌てることなく反論する。


「確かにお伝えいたしました。私は信頼できる部下より、『魔術師』様の訃報を知らされ、それをお伝えしたに過ぎません」


「ほほう。楽園教の枢機卿ともあろう者が、部下の報告を鵜呑みにして伝言しただけと申すのか? 彼のお方の身分を覚えておらぬのか?」


「覚えておりますとも、終身独裁官です。有事の際には王よりも、法王よりも上位の存在でしたな。既に廃されておりますが、それが何か?」


「終身独裁官の生死はそれほど軽いものではない! 偽りを広めた卿には枢機卿の地位は相応しくない。

 事実『魔術師』様はご存命であり、その身分は現在も有効な身分として通用する!」


 そう言うと伯爵は横にずれ、隣に礼服を纏った、目の覚めるような翠髪を持つ男性が現れた。


「久しいなコンスタンティヌス。再びこの服に袖を通すことになろうとは、ついぞ思わなかった。

 私の顔をよもや忘れたとは言わぬであろう? グレゴリウス、残念ながら私は死んではおらぬ。

 この地を去って二度と戻らぬつもりであったが、ゆえあって戻ることにした」


 法王をはじめとして、列席した枢機卿達が狼狽するなか、グレゴリウス卿だけが声高に叫んだ。


「皆様! だまされてはなりません! これはそこの魔性の者が見せるまやかしです。

 大恩ある『魔術師』様をかたるとは許しがたき暴挙です!」


 皆の視線がグレゴリウス卿に集中する中、スクリーン上の『魔術師』だけが愉快そうに笑声を上げた。


「ははははは! グレゴリウス、其方の口から大恩あるという言葉が出るとは思わなかったぞ。其方自身が先頭に立ち、私が滞在した村を焼いたのではなかったか?」


「黙れ! 戯言を申すな! 私が『魔術師』様を害する理由がないではないか!」


「ふむ、まあ良い。しかし、この審議には私も臨席させて貰おう。否とは言うまいな?

 私の全権代理人として、そこにおられるシュウ殿を指名する。彼の言葉は我が言葉であると心せよ。

 彼には私の真印を預けてある。代理人の資格として不足はあるまい?」


 俺はポーチより取り出した『魔術師』の指輪型印璽を掲げて見せる。紋章官が俺に歩み寄り、印璽を確認すると法王に向かって頷いて見せた。

 その間にも『魔術師』の口から俺が、彼と故郷を同じくする来訪者であり、自身をも超える魔術の使い手であると語られる。

 大陸最高の『魔術師』によって権威付けを為されると、俺の異形の姿は違った意味を持つ。『魔術師』の後継者であり、師を超越した存在として畏怖の対象となった。

 雰囲気に飲まれまいとグレゴリウス枢機卿が何かを言う前に、コンスタンティヌス法王が言葉を引き取った。


「よもや再び『魔術師』様にお会いできるとは思っておりませんでした。建国の祖たる貴方様の臨席を拒む理由はございません。良いな、グレゴリウス卿?」


 法王の一言で『魔術師』の介入が認められた。しかし法王は続けて言葉を放つ。


「しかし、如何に『魔術師』様であろうとも神聖なる審議は曲がりませぬ。

 私は神の名において真実をつまびらかにし、公正なる審判を下すことを誓っております。それだけはお間違いなきよう。

 此度の審議はグレゴリウス卿の行いではなく、アンテ伯の罪状を審議する場である。まずは伯爵が己の潔白を証明せねばならないことに変わりはありません。

 そこの人物を『魔術師』様の名代と認め、審議への参加を許しましょう。特例はそれだけです。

 さあ、罪状は述べられた。伯爵は罪状に対する申し開きをするがよい!」


 『魔術師』の登場によって中断していた審議が再開される。ここからが伯爵の見せ場となる。

 俺は『魔術師』の信認という形で、枢機卿の横暴への抑止力となった。役者は揃い、喜劇の幕は開かれた。

 場外の役者も含めて、カーテンコールまで精々踊って貰うとしよう。

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