第199話 魔獣T・REX

 俺は地面に寝転んで空を見上げていた。『テネブラ』の影響で薄明りの続く空は奇妙なグラデーションを描き、ぼーっと眺めていても不思議と飽きが来ない。


「またせたな、シュウ! 結果が出たぜ。って寝てるのか?」


「いや、起きてるよドク。空を見ていたんだ、地球じゃ白夜が見られる地域じゃないと、こんなの目に出来ないからね」


 そう言って体を起こす。ビニールシートを敷いていたため、汚れは付着していないと思うが、なんとなく癖で埃を払って立ち上がった。

 ここは旧オリエンタリス砦、ドクが『カローン』から降りてきたところだ。


「ニヤついているって事は面白い結果が出たんだろう? 教えてよ」


「そうだな、こいつを見てくれるか?」


 そう言って設置したままになっているプロジェクターの電源を入れる。暫くしてスクリーンに映し出されたのは、大立ち回りの末に倒した捕食者プレデターの姿だった。

 とは言え、全身ではなく。頭部と右後ろ足、尻尾に胸郭部分とバラバラの姿で表示されている。


「名前が無いと呼びにくいんで、俺様はこいつをT・REX、取りあえずTと呼んでいる」


「ん? T・REXってティラノサウルスじゃないのか? まあ雰囲気は似ているけど、腕の長さが全然違うよね」


「あ、そうか。略称にすると判り難いな。Tは七面鳥ターキーのTだ。REXはラテン語で王、つまり七面鳥の王って意味さ」


「七面鳥? こいつが七面鳥だって言うのか!? いやいやいやいや、どう見ても蜥蜴だよ? テナガザルとコモドドラゴンのキメラって言われた方が納得できるよ!」


「まあ普通はそう思うよな。こいつがTの胸郭から取り出した魔核だ、ほぼ心臓の位置に出来ていて周辺の血流を遮断していた」


「え? 斬った時に血が噴き出たよ? 血液循環していたんじゃないの?」


「まあ完全に循環系が切り替わった訳じゃないんだろうな。しかしエネルギー供給源や酸素供給源を血液に依らない、副循環系が構築されている途中だった」


「よく判らないけど、何が言いたいんだい?」


「こいつは生まれたての赤ん坊だってことさ。時間経過と共に体内の置換が進み、鱗や骨格が珪素系素材に置き換わったんじゃねえかな? つまりもっと強くなる。

 筋繊維が炭素系から珪素系に置き換わった場合、その強度と出力は単純に5倍以上だ。まあ体重も増えるから同じ形を保てるかは判らんがね。

 右後ろ足の関節を覆う甲殻があるだろ? ここは既に珪素系に置き換わっていた。炭素系生命ならキチン質で作られるんだが、珪素とリチウム、燐に硫黄の化合物で出来ている。

 全身がこれに置換された場合、恐らく柔軟性は失われるが、強度は凄まじいことになる。同じ厚さで比較するなら戦車の装甲版に匹敵するぞ」


「確かにカルロスの狙撃でも完全には砕けなかったね。割れて薄くなっていたから槌で砕けたんだけど、そう考えると恐ろしいね」


「こいつを七面鳥だと判断した根拠は複数あるんだが、一番はこれだな。血液中や造血細胞、骨髄にあるDNAが七面鳥のそれなんだ。そして置換された組織にはDNAに相当する設計図が別に存在する。

 一応解析はしているが、比較対象がないからサッパリ判んねえな。別の魔獣からサンプルが取れれば少しは分析できるんだがな」


「うーん、短時間でここまで分析するドクは凄いけど、敵が強いってのは愉快な情報じゃないよね? まだ隠している事があるんだろう?」


「お、なかなか鋭いじゃないかシュウ。そうなんだ、こいつは要するに遺伝形質が2つあり、それを次代に繋ぐシステムを持ち合わせていない。

 つまり繁殖能力はないって事だ。変異の過程で獲得するかも知れないが、その頃にはこいつらだらけになってるだろうから、炭素系生命体は駆逐されているだろうよ」


「なるほど。強敵だけど絶対数が少ないってのは朗報だね」


「まあ、これはオマケだけどもよ。筋肉内部に凄い量のグルタミン酸とイノシン酸を蓄積していた。地球の牛と比較して比率的に3倍強の量だ。

 こいつは興奮系の神経伝達物質であるとともに、旨み成分でもある。つまり、こいつの肉は恐らく美味い」


「なんだって!? でも、食べても大丈夫なのかな? 毒成分とか持っていないの?」


「調べた限りでは、既知の毒物には該当しない。で、ここに薄切りにして検査した標本があるわけだが……」


「や、焼いてみる?」


 ごくりと喉を鳴らしてドクに提案する。すると奴はにやりと笑みを浮かべ、サムズアップして見せた。

 俺は普段着の上からエプロンだけ付けて、調理台へと向かいIHヒーターにフライパンを載せた。

 ガスコンロの方が使い慣れているのだが、ガスは調達の難しい物資なので可能な限り節約したい。

 油梨のオイルを流しいれ、温まるのを待つ間に、塩と胡椒を振っておく。恐らく繊維が密集しているだろうから、ミートハンマーで叩いて繊維を切る。

 油が弾ける音がし始めたところで、肉を入れて火を通していく。流石に標本と言うだけあって、大きさも厚さも焼き肉用のそれに似ている。

 程なく火が通り、香ばしい匂いを放つ焼き肉へと変貌した。


「シュウが仕留めたんだから、まずはシュウから食えよ」


 ドクがさらっと毒見を押し付けてくる。厳密には人類から外れた俺が毒見をしても意味がないのだが、俺は箸で一切れ摘み上げると口に放り込んで咀嚼する。

 柔らかく解ける霜降り肉と違い、やや固く噛みごたえのある肉は老鶏のようで、噛み締める程に旨味を放出する。

 赤身だらけで見るからに脂肪分が少ないため、脂によるパンチは弱いが、それを補って余りある美味さがあった。


「ど、どうだ? 美味いか?」


「凄い美味しい! ちょっと固いけど、噛むたびに美味さが溢れるよ! これと豚肉で合い挽き肉を作ってハンバーグとかにしたら、極上の味になるんじゃないかな?」


「マジかよ! 俺様も食ってみる!」


 ドクがフォークで一切れ突き刺し、豪快に噛みついて齧り取る。暫く咀嚼した後、残りを口に放り込み、口の中の物が無くなってからゆっくりと口を開いた。


「はああああ…… 美味いな。噛むとゴリゴリするけど、その歯ごたえすら美味い。こいつでジャーキー作ったら固くなり過ぎるかな? 多分美味いと思うぜ」


「なかなか料理のし甲斐がある素材だよね。これは魔獣だから美味いのか、元が七面鳥だから美味いのか、興味が尽きないなあ」


 明日は倒した七面鳥を使ったパーティーが予定されているのだが、食べた俺たちに異変がないなら、この肉を使った料理を作るのも面白いかも知れない。

 Tは恐ろしい強敵だったが、我々の血となり肉となる。弱肉強食という自然の摂理を噛みしめていた。

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