第181話 シュウの休日

 俺がマラキア卿とフレデリクス司教について報告をすると、アベルは顔色一つ変えなかったがドクは露骨に顔をしかめた。

 確かに権力者の不正を衆目に晒したのは失敗だったかもしれない。

 しかし、食料自給は生命に関わることだけに譲歩できない。どんな既得権益が絡んでいるのかは知らないが、目の前に飢えている人がいるのだ。

 その代表者たる伯爵に助力を請われ、それに応えるべく計画を立案し、実際に動き始めている。


 結局アベルが下した判断は現状維持だった。恐らく今日はカボチャの収穫をする必要があるのだが、そちらはアベルとヴィクトルが実施することになった。

 俺は急遽待機を申し渡され、自由行動とされたので、後回しにしていた作業をすることにした。

 予定が変更となり、今日は一日砦内に居ると伝えたところ、サテラとハルさんが俺の作業を手伝いに来てくれることとなった。


「シュウちゃん。今日は何をするの?」


「森で採ってきたアケビとサルナシがあったから、あれを栽培しようと思ってね。お菓子も作るけど、サテラはパウンドケーキとフルーツゼリーどっちが好き?」


「どっちも!」


 子供らしい素直な意見に笑いがこみ上げる。その答えは予想していなかった。よし、それじゃあ両方作る方向で進めよう。

 アケビとサルナシは果実のみを保管しており、良く熟したものを選んで取り出した。

 まずは熟したアケビの胎座を掻きだし、笊を使って種と可食部を分離する。

 種は選別して発芽させ、砦内で栽培してみることにした。アケビもサルナシも蔓性の植物であるため、支柱を用意して栽培する必要がある。

 伯爵が期待している胡椒も同じく蔓性植物であるため、支柱はいずれ必要になる。日曜大工で先行して作っても問題ないだろう。


 ピューレ状になったアケビをじっと眺めているサテラに気づいて声をかける。


「サテラ。少し味見をしてみるかい? 良かったらハルさんもどうぞ」


 そう言って小皿に少しずつ取り分けて、二人に渡して反応を見る。


「んーにゅむにゅむする! ちょっと甘い」


「ほんのり甘いですね。食感はバナナに似ていますが、パーシモンのような味がします」


「おお! ハルさんは良い舌をしておられる。確かにそんな感じの味ですね」


 俺もアメリカに渡って初めて知ったのだが、日本の柿とアメリカの柿は微妙に違う。

 見た目はオレンジ色のトマトといった感じで、種無しに品種改良されて甘みも薄く、『Asian Pear』(アジア梨)と表記されて売られていた。

 日本の柿も勿論売っていたのだが、『Fuyu Persimmon』(富有柿)と表示されていた。


 アケビピューレそのままではサテラの言うように甘さが足りないため、砂糖とリキュールを加えて味を調整した。

 今回は少し手抜きをしてホットケーキミックスにバターと砂糖、卵、牛乳を加えて生地を作り、アケビピューレを加えてハンドミキサーで良く混ぜる。

 ハルさんにオーブンの余熱をお願いし、その間にマフィンカップに生地を流し込んで空気を抜いておく。

 残りは焼くだけなので、ハルさんに作業を引き継いで、次の作業へと取り掛かった。


 俺がサルナシの果実を並べているとサテラが触りたそうにしているので、一つ手に載せてやる。

 しばらく手触りを確かめたあと、表面を覆う毛を引っ張ったり、熟して柔らかくなった果実を揉んだりしている。


「シュウちゃん! なんだかぐにぐにしてる! 甘いの?」


「うーん。甘いと言うか、甘酸っぱいかな? キウイの仲間なんだよね、近い味がするよ」


 そう言うとサテラがすっぱい表情になる。以前ハルさんがヨーグルトにキウイを入れてサテラに与えたことがあり、サテラはキウイにトラウマを持っているのだ。

 ヨーグルトにフルーツを入れるのは良くあるのだが、生のキウイを入れるのはご法度だ。

 すぐに食べるならそれほど問題ないのだが、時間を置くと悲惨なことになる。

 キウイに含まれるたんぱく質分解酵素『アクチニジン』がヨーグルトを分解し、苦味の成分を生成してしまう。


 そのためサテラはキウイと言うのは恐ろしく苦くてすっぱい食べ物と認識しているらしい。

 どのぐらい苦いかと言うと、最後に食べたドクが悶絶して吐き出した程度には苦いらしい。


「それを貸してごらん?」


 サテラが揉んだサルナシを受け取ると、ナイフで横に二つに切ってスプーンを差し込んで返してやる。


「そのまま食べてごらん? 苦くないよ。僕も食べたけど、すっきりしていて美味しいよ」


 サテラは恐る恐るサルナシを口に運ぶと、何かを考えるように口を動かしていたが、やがて笑みを浮かべた。


「美味しい! 本当だ! すっぱいけど甘いね」


 二人で見詰め合って笑っているとハルさんがやってきて声を掛けてくる。


「ずいぶん仲良しさんですね、良いことがあったの? サテラちゃん」


「うん! ハルちゃんもどうぞ!」


 そう言ってもう半分のサルナシをハルさんに差し出す。ハルさんも味見をして驚いていた。

 俺は皮をむいたサルナシを漉し器シノワに詰めて、果肉だけを搾り出して種を漉し採る。

 品種改良されたキウイと異なり、サルナシの種はやや大きく、口当たりが悪くなるため取り除くのだ。

 サルナシピューレに砂糖と水と白ワインを加えて煮詰め、粉ゼラチンを加えて良く混ぜた後、ゼリー容器に流し込んで冷蔵庫で冷やせば完成だ。


 今日はカルロスとウィルマがスカーレットを連れて狩猟に出かけ、ここに残っているのは俺たち以外ではドクだけだ。

 ドクにも声を掛けたが、やることがあるからと断られ、俺たちは三人でティータイムを楽しむことにした。

 アケビマフィンとサルナシゼリーを盛り付け、それぞれのカップに紅茶を注いでゆっくりと味わう。


 アケビマフィンはリキュールを加えたことで、しっとりとしてキレのある味に仕上がっていた。

 サテラとハルさんはくすくすと笑いあいながらマフィンを頬張っている。美味しい物を食べると自然と笑顔になるものだ。

 サルナシゼリーの酒精は飛ばしてあるのだが、芳醇な香りとフルーティーな甘酸っぱさが感じられるゴージャスな仕上がりになっていた。

 もっと甘い方がサテラ好みかなとも思うが、喜んで食べているので問題ないだろう。


 幸いサルナシは雌雄同株の品種だからこのまま育てれば良いのだが、アケビの方は自家不結実性を持つため、異品種との混植が必要となる。

 今回採取したアケビは小葉が5枚の品種であるため、3枚の三つ葉アケビが見つかれば栽培が捗る。

 久しぶりに不愉快な人物と出会ってささくれた心を癒しながら、麗らかな午後は過ぎていった。

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