第180話 司教と奇跡と嘘
こちらへと向かってくる馬車をぼんやり眺めていると、平服姿の騎士が馬に乗って現れた。
あの馬車はマラキア卿の馬車であり、マラキア卿とアンテ伯領の教区を統べるフレデリクス司教が乗っており、跪いて迎えるよう先触れされた。
領民ではない俺には跪く義務はないのだが、偉い人には逆らわないのが無難であるため、言われるままに跪いて到着を待った。
少し離れた位置に馬車が停まり、馭者台から側仕えが飛び降りて扉を開く。中からは見慣れたマラキア卿が現れ、最後に
恐らく彼がフレデリクス司教なのだろう。『
黒い僧服の上から緑色のマフラーのような物を垂らしている。真っ赤な半球状のカロッタと呼ばれる帽子をかぶる男性は意外にも若く見える。
腹立たしい事に鼻筋の通った涼しげな風貌の美男子であり、見えているのかいないのか良く判らない糸目が特徴的だ。
跪いている隙にPDAで調べると、あの変なマフラーはストラと呼ぶらしい。よく見ると十字架の刺繍が施されており、地味に高そうだった。
「シュウ殿はおられるか? 事情を伺いたい」
マラキア卿の声に返事をして立ち上がる。彼の鋭い視線が俺に突き刺さり、糸目司教も俺を見ているような気がする。
まあ色々と変な事をやらかしている自覚はあるので、問題視されているのだろう。ここは下手に出ておくが吉と判断した。
「事情と仰られますと? 何をお聞きになりたいのでしょう?」
「無論畑のことだ! 先日植えたばかりだと言うのに何故収穫しておる! 一体何をした!」
予想通りの展開に苦笑しつつも、殊勝に見えるよう申し訳なさそうに弁解する。
「申し訳ありません。このような結果になるとは思わず、苗を植える際に少しでも早く育つように魔力を流しました。その結果、通常では半季期(30日)以上かかるとみていた成長が一気に進み、このままでは枯れるため収穫しました」
「そのような報告は受けておらぬ! まあ良い。で、どうされるおつもりか?」
「どうされると仰いますと? 収穫した芋は種イモにする分を除き、全て伯爵に献上する予定です。そこは事前に説明しておりますよね?」
「僅か2日で実を成すような得体の知れぬものを伯爵に献上するつもりなのか!」
「うーん。じゃあ全て種イモに回しましょうか? この畑一面だとかなり余るんですけどね。余った分は私が頂くことにしましょうか?」
「お待ちください。その作物が危険かどうか私が祝福で判断いたしましょう」
俺とマラキア卿の問答を見守っていた糸目司教が割って入ってきた。実際押し問答になっていたので、渡りに船と飛びついた。
「こちらにサツマイモと言う作物をお持ちください。それに『
俺が土を払い、水洗いしたサツマイモをフレデリクス司教に差し出すと、彼はしげしげと眺めて頷いた。
そしてマラキア卿に手渡し、二つに割るように指示し、懐から蓋つきの小瓶を取り出した。
彼はサツマイモの断面に向かって小瓶から液体を垂らし、黄色か茶褐色のように見える液体が触れたところから青紫色に変化していった。
「見なさい! この毒々しい色を! これは悪魔の実です。決して口にしてはなりません!」
糸目司教が得意満面に言い放ち、周囲の人々もその変色ぐあいに恐れ慄いていた。しかし俺は呆れて声が出せないでいた。
関西人の
「いやいやいやいや、待てや! 待て待て! ヨウ素でんぷん反応やん! そんなん何でも青紫になるっちゅーねん!」
どのような言語変換がなされたのか、突然口調が変わった俺に全員が仰天して注視してくる。
しかし眼前で繰り広げられる茶番に怒り心頭の俺は、躊躇せずにずかずかと司教に近づいていく。
「ちょっとそれ貸し! 『神樹』ってのが何か知らんけど、こんなんでんぷんがあったら皆同じ反応するっちゅーねん!」
そう言って司教から小瓶を取り上げ、隣の畑に生えていた小麦の穂を引き千切ると、指ですり潰してそこに液体を垂らす。
見る見る青紫に染まっていく指先を皆に見せつける。
「これはあんたらが普段食べてる小麦やろ? これも悪魔の実なん? ちゃうやろ? ここは聖職者がペテンをするのか?」
俺がマラキア卿とフレデリクス司教に詰め寄ると、彼らは一歩引きさがりはしたものの、負けじと声を張り上げた。
「黙れ! 無礼者! 貴様が司教様の聖水をすり替えたに決まっておる! やはり貴様は化け物よ!」
「いや、目の前でやってみせたでしょう? いつすり替えたんですかね? そんな準備してないですよ?」
あまりにあまりな言い分に逆に冷静になり、淡々と反論をするが彼は激昂していて話にならない。困惑していると馬の足音が近づいてきた。
「そこまでだ。皆の者、この場は私が預かる。アマデウスは私と共に砦へ戻るのだ、司教は教会にてお待ちいただこう」
急いで馬で駆け付けた伯爵がその場を収拾に掛かった。余りにもタイミングの良い登場に作為的なものを感じたが、面倒になってきた俺は伯爵に任せることにした。
「シュウ殿。折角収穫して頂いた作物だ。当初の予定通り私に収めて頂けるか? 種イモは残して畑一面に植えて頂きたい」
伯爵の言葉に俺は破顔する。やはり折角作った作物が無駄になるのは辛い。受け取って食べて貰えるのが一番だ。
すぐに返事をして収穫物を袋詰めする作業へと取り掛かった。
「伯爵! あれは悪魔の実です! 僅か2日で実をつける作物などあるはずがございません」
「アマデウス。私が良いと言ったのだ。あれの味はそなたも知っていよう。収穫が早くて困ることなどありはせぬ。これは決定事項だ」
マラキア卿の憎々しげな視線が俺に突き刺さるが無視する。何が気に入らないのか判らないが、ペテンに加担するような奴が貴族とはお笑いだ。
一方のフレデリクス司教は一切の抗弁をすることなく、助祭を連れて教会へと戻っていった。
しかしヨウ素の発見は割と近年だったはずだ。地球では中学校で習う内容とは言え、ヨウ素でんぷん反応なんて中世風のこの世界でどのように知り得たのか謎が深まる。
これは一度アベルに相談した方が良い。俺は伯爵の指示でマラキア卿の馬車に収穫袋を積むと、旧オリエンタリス砦へと帰っていった。
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