第177話 一日農業体験
「うげえ! これは農地じゃないでしょう? 地面がひび割れていますもん、どのぐらい放置されているんですか?」
思わず日本語で喋ってしまったが、ちゃんと相手を見つめていたため問題なく伝わったようだ。
コンラドゥス青年が領主より預かった羊皮紙の束をめくって、徴税記録を調べてくれている。
今日はカボチャとサツマイモを育てるための畑を下見に来たのだが、予想以上の荒れ方に地が出てしまった。
「えーと、こちらは4周期(約9年)前が最後で、それ以降の徴税記録がありません。疫病で人口が減った際に、放棄されそのままのようです」
いくらカボチャやサツマイモが強いと言っても雑草すら生えなくなった土地は厳しいだろう。これは土の総入れ替えをした方が良いと判断する。
早期に結果を出さなくてはならないというのに、この土壌改良からやっていたのでは流石に間に合わない。
干ばつにあった土地の見本状態となった元畑を見て途方に暮れる。最も顕著に成果が出るのは『闇の森』の黒土だと思うのだが、あれに依存するのでは本末転倒だ。
そもそも枯渇資源であるため気軽に使えるものでもない。取りあえずレーザー計測器を用いて、正確な農地の広さを測量する。
そもそも矩形ですらなかった畑だが、ここまで乾燥が進むと道との区別すらないので、この際矩形で区切りなおした。
四つの頂点にポールを立て、ロープを張った内側に決して入らないように周知して貰う。
馬車で待機している伯爵の許へ歩み寄り、やりたい事を伝えてその是非を確認した。
「で、出来るのなら構わん。しかし、そのような事が出来るのか? 如何にシュウ殿が剛力であろうと、どれほどの時間が掛かることか」
すぐに終わりますと言い置いて、俺は現地に『ラプラス』を残すと領地外の森へと転移した。
『
【モード:視界共有起動 物質転送範囲確定。運動エネルギー確保:OK 転送開始】
足元の土壌がそっくり乾いた大地に入れ替わり、共有した視界に映るポールの内側が茶褐色の土壌へと置き換わった。
何をしたのかと言われれば土の入れ替えだ。文字通り乾燥しきった農地の土を、栄養豊富な最果ての森の土壌と置き換えたのだ。
流石に畑一枚分の土地であるだけにこのまま放置すれば、元々植わっていた樹木は立ち枯れしてしまうだろう。
背負っていたリュックから水道の蛇口によく似た道具を取り出し、本来壁の中に埋め込むネジ切り部分を使って土地の中ほどにある木の幹に固定した。
蛇口のバルブ下に刻まれた目盛りを最小に設定し、魔力を流して蛇口をひねる。
すると蛇口から水が流れ出し、乾いた大地に水が染み込んでいく。かなりの魔力を込めたので、2から3日程度は水が流れ続けるだろう。
これが山妖精の天才ランドック氏と、人類の天才ドクが生み出した新しい『
恐ろしく小型化出来た魔術回路を電子回路で制御するハイブリッドなシステムなのだが、それ故に魔力以外の動力源が必要となる。
蛇口のバルブ中心にボタン電池を入れることで必要な電力を供給しているのだが、連続稼働し続けても3年ぐらいは問題ないので十分実用的だと言える。
これの
割と尖った性能をしており、広範囲に水源を探すのではなく、設置個所直下の地下深くまで探査して水源があれば吸い上げる。
今回は元々が森であるため、地下に水源があると判っているので躊躇なく使えるが、本来は設置にあたって水源調査が必要になる代物だ。
その代わりに消費魔力量が少ないため、誰にでも気軽に使えるという利点がある。『水妖の盆』が使い手を選ぶ製品だったため、汎用性を追及した結果の産物である。
ゴーグルの機能を使って現在地をメモリに登録し、ついでに2日後に回収することをPDAのスケジュール表に書き込むと、再び畑へと転移した。
「あ! ちょっとダメですって! 内側に入らないで下さいってお願いしたでしょう? 下手したら埋まって死んでいますよ? 深さ3メートルぐらいの土を全部入れ替えたんですから……」
俺が畑へと戻ってくると馬車に居たはずのマラキア卿がポールの内側に入り込んでいた。一応俺が声を掛けるのだが、まるで聞いておらずブツブツと独り言を呟いている。
上司に叱って貰おうと伯爵を探すと、馬車から転げ落ちたのか地面に倒れた状態で、顔のみをこちらに向けて目を見開いていた。
誰も助けようとしないので、慌てて駆け寄って助け起こす。
「大丈夫ですか? 伯爵様、お怪我はありませんか? 何が起こったのですか?」
「な、な、な、なにが、な、なに、な……」
駄目だ。伯爵も口がもつれているのか、意味のある単語として俺の耳に届いてこない。そうしているとようやく呪縛が解けたかのように側仕えの従者が駆け寄ってきて、伯爵を介抱し始める。
彼らが会話できる見込みが低そうであるため、予定していた作業を実施する。邪魔になるのでマラキア卿にも退避して貰い、その間に俺は畑の整備にいそしんだ。
スカーレットの檻などを作ってくれたガドック師に依頼して
用意できた苗の数からして、一列分の畝さえ作れれば十分だと言うことで、鍬を使って土を寄せ、盛り上げて畝を作っていった。
畝作りの最中に『カローン』から持ってきた『闇の森』の黒土と化学肥料を混合したものを混ぜ込み、成長促進剤とする。
ここの領地では馬も飼育されており、馬糞はゴミとして捨てているだけだと聞いている。折角なので馬糞・牛糞・豚糞・鶏糞のそれぞれに堆肥を作り、資源として有効活用できる下地を作りたい。
今回はデモンストレーションなので劇薬をぶち込み結果が判り易くしてある。その後も淡々と作業を続け、その日サツマイモを30株、カボチャを20株植え付けた。
その後の水やりは引き継いでくれると言うので、日本製の樹脂製如雨露を渡して土が湿る程度の水やりをお願いすると砦へと戻ることになった。
結局その日は伯爵もマラキア卿もとても会話できる状態ではないため、先に屋敷へと帰っていった。
俺は久しぶりに生産的な活動に従事したことで心地よい疲労を感じていた。土の入れ替えだけで大騒ぎされたのだ、『魔術の蛇口』を使うには事前説明が必要かなと思いつつ帰路についた。
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