第156話 新たな希望
ミーティングの後、ドクに呼び止められて俺は『カローン』脇の専用椅子で寛いでいた。
「さっきの最終手段を聞いてドクだけは驚いていなかったけど、やっぱりドクも同じこと考えたりしていた?」
「まあな、とは言え思いついたのは最近だ。魔力吸収機構が実現出来たから、それなら相手のリソースを食い潰せば勝てるって思ってな」
ドクは苦い表情を浮かべている。聡明なドクのことだ、すぐに問題にも気が付いたのだろう。
無制限に増える組織と言えばがん細胞が思い浮かぶ。しかも自身の体という枷も無く、己の体積以上に増え続ける組織など制御できるわけが無い。
更に魔力を食って増えるという性質も問題となる。人間であるときは問題にならなかった問題。
つまり俺自身も捕食対象になり得るのだ。むしろ一番近くにあるため、真っ先に食い尽くされるのは火を見るよりも明らかだ。
詳しく実験した訳ではないが、魔力の変質する性質を考えるとウィルスの構造は単純にせざるを得ない。
複雑な構造を持つ精密機械は一部が変質しただけでも動作不良を起こす。しかしシンプル極まり無い単一能のクランクなどは破損しない限りは機能する。
つまりウィルスの構造はシンプルにしなくてはならない。自分自身の改変チェックや対象を選択するような器用さを持たせるのは諸刃の剣となる。
周囲に存在する魔力を使って己の複製を作る。この単一機能のみに特化することで増殖速度と強度を担保するのだ。
ウィルスはガイア中の魔力を食い尽くし、やがて魔力の照射元へと遡り『テネブラ』をも犯すだろう。
後はウィルス自身に寿命を設定しておけば、魔力源が無くなった後は自然に消滅してくれるという算段だ。
幸い魔力の枯渇が即ち死に繋がる人はいない。魔物も死滅するため、健康を維持する魔術や生活を脅かす魔物も居なくなる。
病気になり易くなり、寿命も短くなるかもしれないが星ごと食われるよりはマシと諦めて貰うより他はない。
「シュウ自身の『情報層』を改変しなくてもウィルスは作れるんじゃないのか?」
「可能か不可能かで言えば可能だと思うよ。やり易いかやり難いかの差でしかないから。でも、俺自身が食われるという結果は変わらないから一緒かな?」
ウィルスを作り出した瞬間、自分だけ瞬間移動することも考えたが、『ラプラス』や『マクスウェル』の例を見る限り『情報層』だけの存在に物理的距離は関係ないようだ。
地球とガイアまで離れていてもシームレスな疎通が可能なのだ。遅いか早いかだけの差でいずれ食われることには変わりない。
「ダメだ! 俺らで考えても
「俺が知る限りドクよりも頭の良い人間は見たこと無いよ」
「そいつあ光栄だが、間違いだ。俺より知識があって頭も良い奴が確実に居る」
そう言ってドクが俺の腰につけたポーチを指差す。なるほど龍か。
龍が聡明かは分からないが、俺たちとは方向性の違う知性を持っているのは明らかだ。
協力自体は取り付けているのだ、智恵を借りるのに否やは無いだろう。
「ありがとう、ドク。早速試してみるよ」
手を振りながら去っていくドクを見送り、再び『龍珠』を使って問いかける。
「『テネブラ』に対抗する方策を思いついたのですが、それをすると私を始め魔物と呼ばれる存在は全て死に絶えます。何か良い智恵はないでしょうか?」
【小さきものシュウよ、面白い事を考えるものだ。そなたの消滅を回避する方法は幾つかある。容易い方法ではないが望むのならば教えよう】
龍より齎された方法は驚くべきものだった。
一つは、俺自身を情報に分解して保存し、再び組み上げるというもの。
一つは、全てのウィルスを統括管理し、捕食対象を選択でき増殖の際も自己複製ではなく、必ず統括固体から複写するようにする。
どちらの手段についても莫大な演算能力が必要とされ、俺単体では到底為しえない。
柔軟性が高く、不測の事態にも対応できるのは後者であるため出来るなら後者を選択したい。
しかし不足する演算能力を補うために始祖龍が遺した『龍珠』が必要となるらしい。
通常のものと区別するため『神龍珠』とするが、これを用いれば全ての龍と繋がり、その演算能力を借り受けることが出来る。
存在する場所も明確であり、あるのか無いのかあやふやな秘宝というわけでもない。
しかし、その場所が問題だ。大陸にある王城の中心、そこに
何故そんな厄介な位置に埋めたのかと思わないでもなかったが、そもそも『神龍珠』が埋まっているから樹木が霊木となり、その周囲の安全圏を目当てに人が住み着いたというのが王国の成り立ちだ。
建国の祖でもある『魔術師』すら追放した王族だ。安全を担保する霊木の根元を掘らせて欲しいと言っても「はい、どうぞ」とは行かないのは目に見えている。
しかし細いとは言え、希望へと繋がる糸口だ。これを掴まない手はない。
最悪の場合は王城を消し飛ばしてでも掘り返す。最初から強硬手段に訴えようとは思わないが、物分りが悪いようなら遠慮しない。
俺は覚悟を決めると仲間達の許へと向かって歩み始めた。
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