第136話 勝利の報酬

 目を覚ますと周辺が少し開けていた。残骸の撤去を手伝ってくれている山妖精達にはお礼をせねばなるまい。

 俺から少し距離をあけてカルロスが寝かされている担架があった。点滴も残り僅かになっており、彼もそのうち目を覚ますだろう。

 周囲を確認するとアベルが持ってきてくれたのか予備の戦闘服一式が用意されており、手早く着替えると残っている装備品を移し替える。

 腰部ポーチに入れていた純粋魔力結晶を取り出すと、完全に無色透明のガラス状になっていた。今思えば貴重な魔物化した生物のサンプルだと言うのに過剰な攻撃で爆散させており、惜しい事をしたという考えが去来する。

 時間を確認すると1時間ほど経過していた。体調はすっかり戻っており、高機能栄養剤ドリンクを飲んだというのに空腹気味であることを除けばむしろ調子が良いぐらいである。


 アベルに声を掛けて復調したことを伝えると、交易村へと移動することにした。巨体ゆえに立ち往生している『カローン』と共に交易村へと転移すると大勢の水妖精達が集まっていた。

 まああれだけ派手にドタバタやっていれば嫌でも気が付くなと思っていると、ギリウス氏に招かれ再び突堤へと進み出ると彼に礼を告げる。


「ギリウスさん、ご助力に感謝します。お陰で大切な仲間を失わずに済みました。ちょっと派手に攻撃しすぎて倒した証拠が残らなかったんですけどね……」


「いえいえ、お役に立てたなら幸いです。あなた方に受けた御恩の一部でも返せたなら我々も仲間に胸を張って伝えられます。それに鰐が真っ二つになって吹き飛ぶ様は、ここからでも見えましたのでご心配には及びませんよ」


「お恥ずかしい限りです。あそこまでやる必要はなかったのですが、どうにも上手く力を制御できなくて……」


「ご謙遜を。ここからでも恐ろしい程に収束された魔力が見えましたよ。何をどうしたらあれほどに強く鋭く魔力を纏められるのか想像もつきません」


「下手に使うと自爆してしまうので気軽には使えないんですけどね。それよりもこちらの方々をご紹介頂いてもよろしいですか?」


「あ、これは失礼しました。既にエウリーン殿はご存知かと思いますが、お隣に居られるのが水妖精代表となる女王シレーヌ様です。水妖精は人口が多いので、中央集権化した王制を取っているのです」


 ギリウス氏の紹介を受けた少し年かさの水妖精は艶然とほほ笑んだ。水に濡れて尚光沢を放つ不思議な亜麻色の髪を持つ美しい女性は、胸部が凄く大きかった。

 彼女が身じろぎする度にプルンプルンと揺れ動き、視線は吸い寄せられるように固定され目を離すことが出来ないでいた。

 彼女は俺の不躾な視線にも動じることなく、見た目に相応しい落ち着いた声色で話しかけてきた。


「来訪者の勇者シュウ様。此度の窮状を救って頂いたこと、種族を代表してお礼申し上げます。鰐と名付けられた怪物があのまま野放しになっていたとしたら、我々にどれほどの犠牲が出たのか考えたくもありません」


 彼女は俺の手を取ると掌に涙滴型の宝石を握らせた。それはドルフィン・ストーンとも呼ばれるラリマーに良く似た質感を持ち、蒼い海と白い砂浜を凝縮したような美しさを湛えていた。


「これは我々水妖精一族に伝わる『人魚の涙』と呼ばれる宝石です。これを口に含んでいれば水の中でも呼吸ができると言われています。我々には必要が無いものですが、地上の方々にとっては有用な物だと聞いています」


 感謝の印ですと彼女は言い、加えて我々が求めた天体観測記録を貸し出してくれると請け負ってくれた。


「本来は我々の神殿から持ち出してはいけないのですが、滅んでしまえばそのような禁忌は意味を持ちません。わたくしの権限でこちらへと届けさせますが、量が多いので少しお時間を頂けますか? その間、お食事でもされてお待ちくださればと色々ご用意いたしました」


 彼女がパンパンと繊手を打ち鳴らすと、次から次へと男性の水妖精が様々な海産物を突堤に届けてくれる。

 あれはアワビだろうか? 車のタイヤ程もある巨大な貝が水揚げされ、くっきりとした黒の縞模様を持つ巨大な車海老らしき甲殻類も山盛りになっている。

 聞けば水妖精達は水中で生活するため、調理をすることが無いそうだ。しかし生でないと食べられない訳ではなく、火を通した食材も味付けされた料理も食べられるということなので、ここはひとつ俺も腕を振るうことにした。


 その前にとシレーヌ様より直接手渡された水妖精の天体観測記録というのは奇妙なものだった。真珠を内に生成する阿古屋貝のような貝殻であり、銀色に輝く真珠層が見える以外には何も刻まれているように見えない。

 しかしこれが天体の運行を記した記録だというのだ。水中で生活する水妖精は人間よりも視力が良いのだろう。人間の可視光線以外の調査をすることにして記録を借り受けた。

 記録の方法を訪ねると、海中にある洞窟に光が差し込む場所があり、その光を受けるように真珠層を晒すと空の様子が書き込まれると言われた。

 能動的に書き込むのではなく、自動的に焼きつけられるような表現であるため、もしかすると写真の潜像現象のように銀が析出している可能性がある。

 人間には目視できるように現像が必要だが、彼女達水妖精には直接潜像が見えているのではないだろうか?


 預かった記録はドクに解析して貰うとして、俺はこの場に集まった全員に料理を振る舞うべく、調理場せんじょうに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る