第121話 ホーム
異変に真っ先に気づいたのは『カローン』の警戒装置だった。初期警戒網に探知されず突如として警備網の中に出現した識別反応を返さない大質量の動物。
敵性体かは不明ながら脅威度評価は高く、『G-Ⅱ』が下した決断はC-2事案かつコードレッドであった。
即座に『カローン』は自動的に遮蔽モードへと移行し、アベルのPDAにアラートが鳴り響く。チームの戦闘員が戦闘態勢を整えてミーティングスペースに集合するまでに3分。
驚くべき即応性を見せていた。ドクが『G-Ⅱ』からの分析を取り寄せるも、脅威物は『カローン』付近から動いていない様子だった。
遮蔽モードを一部解除し、車外モニターを起動する。ミーティングスペースのモニターに映し出された映像は信じがたいものだった。
外見はシュウに良く似ていた。細身ながらも縒り合せたロープを思わせる筋肉で引き締まった肉体。左目は漆黒、右目は金色に爛々と輝いている。
額の中央から漆黒の角を生やし、黄色人種だったシュウとは違い白人よりも白い肌。腰蓑一丁で何も所持していないにも関わらず警告画面に表示される推定質量1トンオーバーという重量が、かの存在がシュウではないと如実に示していた。
「ふざけやがって! 死んだ仲間の姿を奪って襲撃をしてくる生物がいるとはな!」
珍しくアベルが言葉を荒げる。攻撃指示を出そうとしたところで、ドクから制止の声が掛かる。
「待ってくれチーフ! 虹彩パターンと網膜パターンが一致している。ほぼ間違いなくシュウ本人だ」
冷水を浴びせられたかのように一気に頭が冷えた。その状態で観察すると確かにそれは突然遮蔽モードになった『カローン』を見て困惑するようにウロウロしている。
完全防音の車内に音声を届ける手段を考えているようにも見える。様子を見守っていると指で地面に文字を描いた「I am alive(私は生きています) SHU(シュウ)」
誰が見ても明らかな英語のブロック体だった。『カローン』内は一気に歓喜に包まれた。遮蔽モードを解除し、車外マイクで語り掛ける。
「シュウ! アベルだ! 生きていたんだな! 何があったんだ? どうやって戻ってきた?」
シュウは頭をガシガシと掻きむしると、集音マイクがあるであろう箇所に向かって声を張り上げる。
「それがさっぱり判らないんです。気が付いたら『闇の森』に全裸で寝ていまして、最低限の衣類だけ自作した後は『ラプラス』の履歴を頼りに瞬間移動で戻ってきました。その様子だと特殊通信のメッセージには気づいて貰えてないみたいですね」
ドクは弾かれたようにPDAを操作し、メッセージ受信専用ストレージの差分を取得して情報を拾い上げる。
「チーフ、間違いねえよ。これが使える奴はシュウ以外にはあり得ねえ。何でか姿は変わっちまってるが、シュウ本人だ。遮蔽を解除するぞ?」
アベルは無言で頷いた。各所のロックが解除され、装甲板が収納される。車体後部にシュウが回り込むと、ハッチが開き中からサテラが飛び出してシュウにしがみ付いた。
いつもはサテラの勢いに多少よろめいていたのだが、微動だにせず受け止めると彼女を柔らかく抱きしめる。続いて全員が続々と車外へと出ていく。
そして最後に目を真っ赤に腫らしたハルが、シュウの着替え一式を持って彼に駆け寄っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
初めて出会った時のように自分の腹部に引っ付いたまま離れようとしないサテラをあやしながら、俺は愛すべき仲間たちに自分に起こった事を語っていた。
『闇の森』には鏡など無かったため、自身の容貌が変質しているなどと思いもせず、敵性生物と勘違いされていたと理解して冷や汗が流れた。
折角命を拾ったのに、仲間に射殺されたのでは堪ったものではない。ハルさんが持ってきてくれた自分の服に着替えたのだが、微妙に丈が足りない。少しばかり身長も伸びているようだった。
そして姿見に自分を映してみて、その異様さに驚いてしまう。丸っきりおとぎ話に出てくる鬼そのものであった。今はジーンズにTシャツという恰好なのでそれほどでもないが、腰蓑一丁で角を生やしていれば鬼にしか見えないだろう。
角は触っても痛覚はおろか触覚すらなく、左目と同じく謎素材で構成されているのだろう恐ろしい強度を持っていた。
黄色人種たる日本人の肌色は完全に脱色された白になり、純粋な白人であるカルロスの肌よりもまだ白い。森妖精に近いアルビノじみた肌色に石膏のような無機質さを感じて不気味にさえ思う。
そして何よりも体重が激増していた。通常の体重計では一切計測不能であり、貨物積載用のクレーンで持ち上げることによって概算値が計測された。
なんと1.4トンと言う人類には有るまじき体重を示していた。最後に計測した体重の記録は約70キロだった事を考えると、実に20倍の数値をたたき出している。
俺の変化を受け入れ始めた頃に、アベルから俺が居ない間に何があったかを聞かされた。そして自分自身が黄水晶の彫像と化している映像を見せられて恐ろしくなる。
どうやって結晶化した状態から復帰できたのかサッパリ判らない。ただ映像では俺の周囲に無数の黄水晶で作られた
その差異に復活のカギはあるのだろう。そこまで話した段階でハルさんがホットミルクを渡してくれた。砂糖が効かせてあり、甘みと熱が体に染み渡る。
マグカップを返そうとすると俺の手ごとハルさんが両手で包み込むようにして自分の頬に当て、流れる涙をぬぐいもせずに嗚咽交じりに声を搾りだす。
「お帰りなさい」
その一言で自分がどれだけハルさんに心配をかけたか、そしてどれだけ俺の帰還を喜んでくれているかが理解できた。
万感の思いを込めて心から感謝を届けようと声にする。
「ただいま」
泣き出してしまったハルさんと泣きつかれて寝てしまったサテラを胸に抱き、自分の生存をこんなに喜んでくれる人がいる事を嬉しく思った。
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