第104話 極大魔術

 『油梨』の搾りかすが山羊の飼料として転用できる事をアリエルさんに報告すると異常に喜ばれた。

 何でもかの山羊は生の油梨には見向きもしないため、森妖精の主食である森豆を与えて肥育していたらしい。

 そのため森都全体で飼育できる数に自ずと限界が発生し、殖えすぎた分は屠殺するしかなかったのだ。しかし森を維持する上で発生する力仕事に山羊は欠かせず、労力が不足しているのに増員出来ないというジレンマに陥っていた。

 しかし油梨の搾りかすを食べてくれるのなら話は変わる。大量に搾油出来る事から判るように多くの油脂を含む果実は、脂に耐性がある大型動物しか餌にしない。


 その結果、あちこちに落ちた油梨が発芽して樹木となり、大森林に占める油梨の割合が増えすぎていたのだ。油梨の木は巨木の中でも特に大木となり、しかも大きく濃い樹冠を作る。

 増えすぎた油梨の樹冠は大森林に闇を齎し、地面は泥濘化して腐った草木がいつまでも残り、それは巨木をも侵す毒の沼となり大森林を窮地に陥れた。

 森妖精たちも自分達で解決を試みたが非力で樹木の伐採すら覚束ないため事態は一向に改善しなかった。ここで外部の力を入れてでも事態を解決しようと動いたのが革新派の発端であり、山妖精を招き入れ間伐することで樹木を間引いた。

 適度に光が差し込むようになった森は回復していき、今の豊かな大森林となっている。当時間伐した材木を引きずって『山妖精の都アルフガルド』まで運んだ経路が現在の交易路であり、材木を加工していた場所が交易村となっているのだそうだ。


 大規模間伐で一時的には回復したものの、再び油梨が増え始めてきていた。対処としては芽吹いた若木を全て摘むか、あちこちに落ちる果実を回収して回るしかない。

 果実を回収しても使い道は無い上に、迂闊に捨てれば大型肉食動物を森都に招くことになる。全ての若木を摘むには森妖精の人数が足りない。再び山妖精を招き、大伐採をするしかないのかと頭を悩ませていたらしい。

 因みに搾油した際に取り除いた種子は、巨大ではあるものの硬さはさほどでもなく、生のジャガイモ程度であった。そのため叩き潰して搾りかすに混ぜて山羊に与えてしまっている。


 これは後に判明したことだが、油梨の種を使って染色をすると緑色の種だと言うのに優しいピンク色に染まるのだ。森妖精が通常の衣服として使用している繊維は草の汁でわざわざ緑に染めているらしく、染色のバリエーションが増えたと喜んでいた。

 彼らの常識として染色というのは存在していたのだが、脱色は埒外の存在だったようだ。白のストッキングには劇的に反応したアリエルさんだったが、黒のストッキングは当たり前に受け入れていた所を見ると、こちらにも黒く染める手法があるのかも知れない。


 森妖精はこれから搾油や妊婦の食事として使用する果実と、そのまま放置して発芽を促す果実とのバランスを長い年月をかけて見極めていくこととなる。

 今までは荷車に載せて山羊に牽かせて運び、大きな川に流して捨てていたらしい。ひょっとして巨大ワニを育てたのはその果実だったんじゃないだろうか?

 憶測をもって語るわけにはいかないので、この場での言及は避けたが投棄していた川を教えて貰い、流路を辿ってみる必要がありそうだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 喫緊の課題が解決し、待ち時間が増えた俺は『魔術師マグス』を訪ねていた。

 実は『岩石喰らいロックバイター』を打ち据えた雷撃魔術が気になっていたのだ。15世紀の地球に電気があったとは考えにくいし、こちらの世界では山妖精も電気は使用していない。

 自然現象である落雷からヒントを得たにしても、電圧・電流・抵抗の概念を知らずに落雷を再現する魔術を構築できるのかが疑問だ。

 そして俺は『魔術師』から魔術の恐ろしい特性を知らされることとなった。


 曰く魔力とは変化させ続ける力である。

 魔力を広げて世界を切り取り、限られた世界を魔力で満たす。その中は現実世界から隔離された世界であり、魔力さえ満たし続ければ物理法則など超越して変化を起こすことが出来る。

 『岩石喰らい』に使用した魔術も魔力で満たした空間『魔術圏ドメイン』を自身の指先から『岩石喰らい』まで伸ばして接続し、その間に極大の静電気を発生させたという事だ。

 静電気は遥か昔から知られており、冬場に帯電した人体から金属への放電現象でスパークが観測されることは有名だ。

 『魔術師』はこれを大規模にすれば落雷になるだろうと考え、雷撃魔術を編み出したのだそうだ。

 しかし電気の性質を理解していない『魔術師』では著しく効率が悪く、膨大な魔力を蓄える森妖精の体をもってしても一日に5回も行使すれば立っていられない程に消耗するらしい。


 俺は『魔術師』に礼を言うと手土産に持参した『林檎酒シードル』を渡すと彼の家を後にした。果実酒を造ろうとしている彼にとって、一つの到達点である林檎酒は何かのヒントになるだろう。


 そして俺は頭の中で『岩石喰らい』を一撃で倒し得る極大魔術を構想する。

 大学で電磁気学を学び、電気工学の最先端にいた俺だ、電気の扱いについては一家言あると自負している。

 地球から持ち込んだ現代兵器はいずれも強力だが、消耗品の補充が叶わない。この世界で最も手軽に入手できる魔力を用いた攻撃手段があれば咄嗟の時に小回りが利く。

 アベルに申請して『カローン』に戻り純粋魔力結晶を一つ持ってくる。俺たち地球人は体内に魔力を生み出す器官も無ければ、蓄積している魔力も微量であるため大きな魔術は行使できない。

 しかし俺は通常とは異なる手段で魔術を構築できるため、魔力さえ補う事が出来るならば大魔術も行使できると踏んでいる。


 アベル、ウィルマと共に大森林に向かい、枯死してしまった大木の残骸を前にして編み出した極大魔術を組み上げる。

 原理は一言で言うならば『プラズマジェット』である。『管理者の目アドミニサイト』を用いて前方の空間に全ての辺が30センチで構成される『魔術圏』の立方体を確保する。

 その『魔術圏』と純粋魔力結晶を接続し、魔力の消費を代替して貰う。そして『魔術圏』内で仮想の理想気体を生成する。この理想気体は常温でほぼ超電導状態となる馬鹿みたいな性質を保有していると設定している。

 円環状に成形した理想気体に超高電流を流すとどうなるだろう? 電流によって磁界が生じ、電流自体の効果と荷電粒子の熱量、僅かに存在する抵抗による発熱が相まって光輝くプラズマ気流が生まれる。

 さらにプラズマ気流へと大電流を流し続けると磁場による収束効果で流体の軌道が収束し、天使が頭上に頂く光輪のような白く輝く円環が出現した。

 この状態で『魔術圏』を伸ばし大木の残骸の領域へと接続すると一端を開放し、プラズマの光輪を電磁加速させて撃ち出した。


 『魔術圏』内では眩しい蛍光灯に過ぎなかった光輪は、現実世界に降臨するとその巨大なエネルギーを如何なく発揮した。一瞬で大木を貫通すると収束効果が失われ爆炎となって吹き荒れた。

 通過した際に与えられた熱により断面は炭化し、大木は派手に炎上した。一方光輪が爆散した背後は悲惨の一言に尽きる。人差し指と親指で作る環程の大きさであったにも関わらず数本の生木が抉れ大地をも焦がしていた。

 これでは使い勝手が悪すぎる。対象を貫通したら消去しないと環境に与える影響が大きすぎて、最悪自爆してしまうことになるだろう。

 改良点は未だあるものの、手頃かつ高威力の魔術を一つ作る事が出来た。純粋魔力結晶はかなり色が薄れてしまったが、完全に枯渇して無色透明になっているようでもない。

 ドクに試算して貰ったこの魔術の威力は、光輪を直径1メートルほどに拡大することにより王女蟻の体を1秒未満で斬断することが出来るらしい。


 今までに聞いた話を総合すると龍とは理知的な存在ではあるらしいが、来訪者たる我々にも好意的に接してくれるとは限らない。敵対された場合には最前線に立つことになる俺が必殺の攻撃手段を持つ必要があるだろう。

 この物騒な極大魔術に『天使の光輪エンジェル・ハイロゥ』と名付け、使う機会が訪れない事を祈った。

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