第102話 油梨と技術革新

 『森都ラスガルド』に戻るとアリエルさんを訪ね、森妖精たちが日常で使用する油はどうやって得ているのか聞いてみた。

 すると狩猟の際に獲れた動物から得られる脂肪を煮込んで作る、獣脂を使っていると言われた。植物油は存在せず、香油も繰り返し精製した獣脂に花などを漬けこんで作っているとのことだった。

 簡単に量を確保出来て油脂成分が多い植物は無いかと聞いてみると、普段は猪や熊等の大型動物しか食べないが妊娠中のみ森妖精も食べる『油梨』という植物があるという事だった。

 季節に依らず常に実を付けており、大型動物が冬場に食べる定番の果実だと言う。森都内にも生えているとの事なので案内して貰った。


 アリエルさんが樹木に語り掛け、熟した果実を落として貰う。ズドン! という物凄い音がした。落下してきたのは濃い緑色をした果実だった。

 梨と聞いて日本の梨を想像し、丸い果実を思い浮かべていたのだが、落下してきたそれは西洋梨のようなずんぐりとした果実だった。

 落下音からも判るように異常に大きい。地球の植物でここまで大きい果実と言えば『ジャックフルーツ』ぐらいしか思いつかない。熟しているはずだと言うのに高所から落下しても割れる様子すらない。

 取りあえず割ってみようと手を掛けるが持ち上がらない。表面は割とデコボコしているのでとっかかりが無い訳ではなく、純粋に重いのだ。

 結局アベルを呼んで運んでもらい、割ってみる前に重さを測ると百キロ以上もあった。なるほど持ち上がらない訳である。


 アリエルさんに森妖精はどうやってこれを食べているのか聞くと、数人掛かりで岩に叩きつけて割り、中身を取り出して森豆の粥に溶かして食べると言っていた。

 果物とお粥って合わないイメージがあるのだが妊娠中は甘酸っぱいお粥を食べるのだろうか? そんな事を考えているとアベルが山刀マチェットを使って綺麗に二つに割ってくれた。

 断面に見えるのは巨大な種子と微妙に緑がかった黄色い果肉。匂いは何だか青臭く、全く甘い香りがしない。そして俺はこれに良く似た地球産の植物を知っていた。


「うわ! これアボカドだ」


 アボカドの和名は『鰐梨』と言い、果実の表皮が鰐の皮に似ていることからこの名前が付いたとされている。別名『森のバター』とも呼ばれる脂肪分の多い果実である。

 しかしこんな匂いがキツイ上に脂肪分が多い物を妊婦が食べても大丈夫なのかと問うと、森妖精は痩せ型の体型が多く、出産に耐えられずに死ぬ女性もいたらしい。

 そこで妊娠が判ったらこの『油梨』を食べて出産に耐えられる体を作るのだそうだ。現在の森都には妊婦が居ないが、出産を控えた妊婦はふくよかになっており、一目で妊婦だと判るのだと言われた。

 普段は誰も食べない上に呆れる程に巨大な果実だ、油を取るのに最適な植物だと言えるだろう。アベルに果肉を集めて貰うように頼むと、俺は『カローン』に戻って油圧のプレス機を持ってくる。


 プレス機と言いはしたものの、実を言うとフレッシュジュースを作るための機械だ。軍用の製品を払い下げて貰ったため、どう見ても『果汁搾り機スクイーザー』に見えず、プレス機と呼んでいる。

 アベルが掻き集めてくれた果肉を布袋に詰めて、スクイーザーのシリンダー内にセットする。本来は電源を繋いで稼働させるのだが、流石は軍用品というべきか、手動でも動かすことが出来る。

 油圧のジャッキを上下させ、シリンダー内部のピストンを押し下げる。するとシリンダー下部に開けられた穴から濁った緑色の果汁が勢いよく流れ出した。

 このスクイーザーは何を目指していたのか不明だが、最大出力で動かせば実に20トンもの加圧が可能という良く判らない性能をしている。20トンもかけなければ果汁を搾れないような果物は存在しないと思うのだが……


 搾り出された果汁はサトウキビを搾った際にも利用した甕に溜め、布袋の中身をどんどん交換しながら搾り続けた。

 一個の果実から実に60リットルもの果汁が搾り取れ、種子自体が10キロ近くあった事を考えると目の前でうず高く山を成している搾りかすは30キロ近くもあることになる。

 水分と油分を根こそぎ搾り取られた搾りかすは、しっとりとしたフレーク状になっており、これもただ捨てるのでは勿体ない。なんとか利用方法を考えることにして、先に作業を進める。

 搾りだした果汁は甕に蓋をして静置し、比重の違いから油と水分が分離するのを待つ。この工程は一晩程度を見込んでいるので、先にオイルの性能を確認することにした。


 検査用のオイルは果肉を潰してから『カローン』内にあるドクのラボで遠心分離機にかけ、検査に必要な量だけを抽出してある。

 本来の用途としては機械油、それも潤滑油としての利用を見込んでいたのだが、検査の結果からは機械油などに使用するには優秀すぎる性質を示した。

 オイル自身が持つ酸度が非常に低く、抗酸化作用も強いため長期間安定した品質を保つ事が可能である。また耐熱性に優れ、煙が発生して品質が劣化する発煙点が摂氏250度と高く、キャノーラ油の209度に比べても圧倒的な優位性を持っていた。

 潤滑油として最も重要な指標である『動粘度』にも優れ、シリコーンオイルの代用は十分務まるという評価となった。

 また食用油や美容油としても優秀であり、熱に強く酸化しにくい性質から揚げ物に最適な油でもあった。栄養面ではそのまま飲用に耐える程の栄養価を誇り、妊婦の栄養食となっているのも頷ける。

 美容面では優れた浸透性を誇り、精製した油をそのまま肌に塗るだけでも十分な保湿効果やダメージケア効果が期待できるという。


 このオイルも森妖精の特産品として利用できるように圧搾手段を考えることにした。

 今回はスクイーザーを利用出来たが、俺たちが居なくなれば当然機材は使えない。彼らの手でも運用出来て保守も出来る圧搾手段を考える必要があった。

 そこで白羽の矢が立ったのが山妖精のランドック氏だ。彼に油圧シリンダーの仕組みと、一方向のみへの回転制御に利用するラチェット機構を伝え、手動式の搾油装置を作って貰う事にした。

 ポイントは材料の調達が容易で、腐食に強くメンテナンスがしやすいというのを念頭に置き、俺たちも交じって知恵を絞る。

 最終的に出来上がったのは歯車やピストンの芯棒、シリンダーは鉄製で、果汁の排出口を兼ねる『搾油筒』と呼ばれる受け側は硬い石製とし、それ以外のピストンの先端等は全て硬質な木材を使用した圧搾機だった。

 強度や加圧限界は下がったが、メンテナンスは容易であり代替部品もすぐに作ることが出来る。材料と接触する部分は金属ではないため錆びる事もなく、搾った果汁に有毒な金属が混入することも無い。


 今回山妖精に伝えた油圧機構やラチェット機構は技術の飛躍的進歩を促す。油圧だけでも倍力機構を作る事が出来、例の魔導テーラーにも油圧ステアリングを付ける事が出来るだろう。

 逆回転を制御するラチェット機構は単純ながら応用範囲が広く、油圧機構と組み合わせると重量物を持ち上げるジャッキや滑車と組み合わせればトルクリールやウインチなどにも応用できる。

 聞けば魔導機関の故障原因でもあった逆回転事故も防ぐことが出来るとあって、ランドック氏は張り切っていた。ラチェット機構自身は地妖精の時計にも組み込まれているはずなのだが、ランドック氏が知らないという事は別の手段で作っているのだろうか?

 次に『地妖精の都アスガルド』に戻る際は、彼らの使用している懐中時計を購入して、ドクと一緒に分解して構造を見てみようと決意した。

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