第96話 大森林の特産品01
『魔術師』から聞き出した内容をチームで共有した。当面の方針としては龍と会い、地球へと戻る方針となり、大陸等には関わらないこととなった。
『魔術師』は龍との邂逅を可能とする『龍の祭壇』へ案内できると言っていた。しかし『龍の祭壇』を利用するのは季期(地球で言う月に相当)の朔日(月の第一日)でなくてはならないらしい。
そして都合の悪いことに、次の朔日までには二週間ほども期間があり、我々は待機を余儀なくされた。当ても無く彷徨う事を思えば明るい未来だが、期限がある身としては時間の浪費が耐えがたい。
そこで大森林の恵みを調査し、黒トリュフなどの有用な資源を見出したいと考えた。気候的にはお茶の木が生えていても不思議ではないため、上手くするとお茶を森妖精の特産品として交易が活性化する可能性もある。
大森林で資源探しをしたい旨をアリエルさんに願い出ると快く了承して貰えた上に、森には詳しいからとアリエルさん自身が同行してくれることになった。
決して年齢を口にしないが、長く生きているので詳しいと本人が言っていた。老いる事がないのに年齢を気にする文化があるのは少し不思議だと思ったが、心の機微に関することなので口を噤むことにした。
闇雲に森に入るのは非効率なので、いくつか目当ての物を絞ったうえで捜索することにし、まずはアリエルさんにPDAで情報を見てもらい、候補を絞ることにした。
第一候補であるお茶の木は特徴的だ。椿の仲間であるお茶の木は非常に特徴的な花が咲くため、記憶に残り易い。更に花が散った後に出来る種子も特徴的であり、2~3つの小部屋に一つずつの大きな種子を持つ果実は、日本に於いて茶畑を示す地図記号にも図案化されている。
実際にアリエルさんに画像を見て貰うと、花の色が異なるもののギザギザがついた葉っぱや、特徴的な果実の木に心当たりがあると言う。
この森では寒くなる頃に花が落ちることから、『寒がりの木』と呼ばれていた。花が丸ごとぼとりと落ちる独特の散り方をするため、この木の下を通る際には気を付ける必要があるという事で有名だった。
第二候補としてコーヒーの木に関する資料も見て貰った。これはアリエルさんも見たことがなく、知っている人がいないかを聞いて回ったところ、『魔術師』が大陸で見たと言っていた。
地球でもアフリカなどの暑い地域が原産地だった。大陸のそれも南部にあると言う『魔術師』の言にはうなずけるものがあった。
博識な『魔術師』にも加わって貰い、他の候補についてもヒアリングを実施する。
ドクの強い希望で杏の木についても資料を確認して貰った。アーモンドや梅の近縁種でもある杏の木は梅の花に良くにた花を咲かせる。これも非常に特徴的であり、アリエルさんがこれなら倉庫にあると言って小ぶりなスイカ程もある果実を持ってきてくれた。
貴重な甘味であり、森妖精に人気の果実であるらしい。早速果実を切って食べてみることにする。砲丸の玉よりも大きい種子を取り除いて種子を欲しがったドクに渡し、外側を一口サイズに切って木皿に盛る。
一個の果実が大きいため、山盛りになってしまったが余ったらジャムにでもするので問題ない。一つを手に取って食べてみる。やはり品種改良が施された地球の品種ほどは甘くなく、酸味もやや強いが香りについてはこちらの方が上だ。
杏の木については探すまでもなく、そこら中に生えていると言われ指で示された方向を見上げると、自分達が仮住まいとしている住居の遥か上に、巨大な木の実がぶら下がっていた。まさに灯台下暗しである。
そのほかにも調味料や医薬品の原料など色々確認して貰い、いくつかは目星がついた。杏もこれだけ果実が大きいなら果汁を絞って発酵させればお酒になると言うと、『魔術師』が嬉々として挑戦すると言っていた。
森妖精たちが飲むお酒と言えば『
気候や発酵などの条件が異なるため、参考程度になると断ってからラテン語に翻訳した簡単な酒造資料を提供しておいた。未だに地球の文字を忘れていない『魔術師』の頭脳には驚かされる。
そして甘味が貴重ならばとサトウキビが生えていないか確認して貰った。答えは似たような植物に心当たりはあるが、硬い上に背が高く中の芯がすぐ腐るため建材にもならないと見向きもされていないらしい。
糖分を含んでいるのかは現物を確認せねばならないが、中空構造でないのなら竹の仲間ではあるまい。地球ではこれから砂糖を精製しているのだと、粉末の砂糖を味わってもらうと森妖精達は大いに驚いていた。
最後に俺がアリエルさんを見て以来、ずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。彼らの衣服は植物性の線維を加工したものであり、動物性の線維に依る布が見当たらない。
俺が作りたいニーソックスやタイツには伸縮性に富み、肌触りの良い絹糸のような繊維を用いたいのだ。
という事で蛾に関する資料を見せ、繭を作る鱗翅目の生物がいないかを確認した。白く美しい繭を作る蛾が居るのだがと話すアリエルさんの表情は曇っていた。
問題は成虫が持つ鱗翅から散布される鱗粉が有毒であることだった。致死性は無いのだが非常に強力なマヒ性を持ち、共生関係にあるのか必ず近くには肉食の大カマキリが生息していて危険だという。
巨大蟻の悪夢を知っているだけに大カマキリと聞くだけでも恐ろしい。白くなくても構わないと言うと、それなら無害な蛾が居るということで、当面はそちらを当たることにする。どうせ黒く染めるのだ、元の色など構うまい。
繭と一口に言っても実に形態はさまざまである。蚕のようにシルク質の1本糸で繭を作る生物は稀であり、クスサンなどは網目状になった独特の繭を形成する。ウスタビガ等は食虫植物であるウツボカズラのような繭を作り、枝にぶら下がる。
刺されると激痛が走る幼虫で有名なイラガなどは、鳥類の卵に似た強固な殻を持つ繭を作りあげる。カルシウムが多く含まれるため、これから糸を取るなど出来ようはずも無い。
その無害な蛾の繭が柔らかい糸で出来ていることを祈りつつ、大森林の探索計画を練っていった。
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