第69話 旅立ち アスガルド

「では、割とちょくちょく戻ってくるかも知れませんが、行ってきます」

「ん? あ、ああ。いつでも歓迎するぞい、気を付けてなお客人」


 能力があるゆえに妙に締まらない出立のあいさつとなったが、アパティトゥス老人やアディ夫人、ガドック師も見送ってくれている。

 山妖精の隊商はまだしばらく逗留するため、急ぎの手紙なども預かり、当面は隊商が通ってきたルートを逆走しつつ山妖精の本拠地アルフガルドを目指す。

 危険な捕食者の目に留まることを避けるため、『カローン』のコンテナ上部をネットで覆い、木の葉や枝をこれでもかとくっ付けているため光り物と思われることはないだろう。


 巨大蟻の巣一つ分の代金は莫大な額となり、コミュニティ規模が小さい市場からその量の金貨を持ち出されると流通に支障が出る。

 さらに貨幣が通用するのは山妖精と地妖精だけであるため、金貨千枚相当(銀貨や銅貨を意図的に混ぜて貰っている)を受け取り、他は価値のある物で受け取ることとなった。

 魔力の結晶たる魔核を加工し、更に純粋化させた純粋魔力結晶という、黄水晶シトリンというかイエローダイヤモンドを巨大化させたような宝石だ。

 大人の拳ほどもあろうかと言う大きさのそれを5個受け取った。これは妖精族であれば種を問わずに価値を認めているため、取引で難色を示されることはないだろうという事だった。


 この純粋魔力結晶は粉砕して大地に撒けば、化学肥料など物ともしない恐ろしい肥育効果を示し、水に撒けば水質を浄化し酸素濃度を高めてくれる。

 結晶のまま温度を上げると液状化し、山妖精が燃料として用いていた液体魔力になる。ただ濃度が高すぎるため、原液を魔導機関に入れようものなら大爆発を起こすとのことだった。

 要するに固体である限りは安全で、便利な価値ある宝石だと理解した。色こそ違う物の透明度と言い、風合いがスカーレットの羽根に良く似ているのが気になった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺たちの旅路は有体に言って順調だった。交易路なので当たり前ではあるのだが、山中に分け入るまでは『カローン』の巨体であっても易々と通行可能な開けた道が続く。

 とは言え舗装も何もされていない、踏み固めただけの道であるため、ひとたび雨天となれば泥濘化するのは目に見えている。

 しかし空を見上げても雲一つない快晴であり、数日は雨の心配もしなくて済みそうだった。


「よし、いけると思う。本当にこれをあそこに射出するんですか? それじゃあPDAでタイミング知らせます」


 順調に進んでいた俺たちだったが、道が隘路に差し掛かり『カローン』の巨体では通れなくなった。ドクがドローンを使い、近くの転移可能な場所を捜しているのだが、暇になった俺はウィルマに駆り出されている。


 ウィルマが指示した草むらというか藪に向かって、棒切れにロープを何重にもドーナツのような輪っか状に括りつけた謎道具をかなりの速度で射出した。

 空気を切り裂いて飛翔した謎道具は意外にも「ヴィーン」というような、いたく形容しがたい音を立てて藪に激突した。

 「ビンッ!」というような音を立ててウィルマの弓から矢が放たれる。草むらに潜む何かを狙ったようだが、俺の視界にはそれらしきものが映らない。


 「ブキィィィィィ」という甲高くかつ野太いという謎の鳴き声が上がり、ドサリと重量物が倒れる音がする。

 『カローン』のコンテナから固定用ハーネスを器用に使って飛び降りたウィルマが、音がした藪に分け入り見えなくなった。

 暫くすると地球で言う野ブタ程もある灰色のウサギを携えて現れた。彼女が狙っていたのはウサギだったらしい。

 聞けば最初の謎道具も、日本のワラダ猟を参考にして作ったお手製の猟具なのだそうだ。自国の文化だと言うのに狩猟とは無縁であったため、そんな狩猟が行われていたなど知りもしなかった。

 ワラダ風の謎道具はウサギの天敵である猛禽類の羽音に近い音を出すため、ウサギは咄嗟に身を伏せて動かなくなるのだそうだ。

 藪の中からウサギを見つけた視力がそもそも尋常ではないと思うのだが、ウィルマは大きく動く生き物は見つけやすいとさえ言ってのけた。


 ウィルマは小川の近くまで獲物を運び、ロープで木に吊るすと器用に解体をし始めた。興味があった俺は手伝いながらその手際を眺める。

 足首にナイフで切れ込みを入れると、力を入れて毛皮を引っ張る。ズルリと言う音がしそうなほど、いとも容易く肉が露出する。

 首筋と足首をナイフで切り、血抜きをしながら内臓を取り外す、焚き火を熾して湯でナイフを温めながら、驚くほどの手際でどんどん解体していく。

 内臓の周りを注意深くトリミングし、一番良い肉を切り出すと恭しく俺に差し出した。あ、違う。スカーレットにだ。


 俺の肩に止まっているスカーレットが俺を見る。

 【貰って良いの? お父さん】

 最近ではそれなりに会話が成立するようになってきた。貰っても良いよと伝えると、ウィルマに頭を下げてお辞儀をした後、一口で食べてしまった。

 スカーレットが手ずから肉を食べてくれたのが嬉しいのか、ウィルマは上機嫌で他の肉も切り出して、次々に枝肉にしていく。

 俺はウィルマの作業を横目に、剥がした毛皮を川の水に沈めておく。暫くするとウィルマはブルーシートで枝肉を包み、内臓などの残渣は穴を掘って埋めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 進路の策定は昼過ぎにも及んだため、ウィルマの仕留めたウサギが昼食に並ぶ。ウサギ肉は先日初めて口にしたが、淡白で鶏肉に近い味わいだったため、調理を任された俺は少し工夫を施す。

 ウサギの肉に塩コショウをした後に薄くスライスしたパンチェッタで肉を包み、ダイナミックにローストする。

 片面のみをトーストしたパンにマスタードソースとバターを塗り、野菜と共に挟んで豪華ウサギ肉サンドの出来上がりだ。


「お! こいつは美味いな、七面鳥ターキーか?」

「いや、ウィルマが狩ったこっちのウサギだ。足りない脂をパンチェッタで補ったんで、割とイケルだろう?」

「これはいけませんね、ビールが欲しくなる。昼間から酔うわけにはいかないのが実に惜しい」


 ヴィクトルがビールをご所望だが、あいにくアベルが許可しない。肉はまだまだあるから夜まで我慢して貰うとしよう。

 それほど早いペースでは無いのだが、『カローン』が常識外れに巨大なため、早くも全行程の半分程度を消化した。

 ここからは山道に入る、隊商から聞いた転移ポイントを見つけるまで、バイクなり徒歩なりで進む必要があるだろう。

 アツアツのホットサンドを頬張りながら、野生動物のテリトリーたる山に踏み込む覚悟を決めた。

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