第45話 留守

 今日のABCニュースも、朝鮮半島情勢で持ち切りだった。タカ派で知られる大統領候補が、合衆国は同盟の責務を果たしたのだから、あとは朝鮮半島など放棄して米軍を撤退すべきだと叫んでいた。


「いつ見てもこのヅラ親父は、政治をプロレスか何かと勘違いしているよなあ。ショービジネスって言うところは変わらねえけど」


 ドクが苦り切った表情で呟く。大統領選挙を間近に控え、報道は過熱しているが、視聴者は冷める一方であった。

 対立候補もパッとしない。女性初の合衆国大統領を目指しているらしいが、明らかに能力が足りていない。どちらの候補もビッグマウスだと言うのに、やっていることは対立候補が掲げる政策批判に終始して、じゃあどうするの? という結論を示さないため、イマイチ煮え切らないのだ。


「朝鮮半島など土地ごと焼き尽くせば、後腐れが無くて良いではないか。焦土にしてから、欲しがる共産主義者どもにくれてやれば良い」


 苦虫を噛み潰したような渋面で絞り出すように語るのは、普段は寡黙で必要最低限しか会話をしないカルロスであった。

 若返りの効果が著しく、既に外見上は老人ではなく、アッシュブロンドの渋い親父と言った容姿になっていた。

 過激極まりない極端な意見だが、彼からすれば朝鮮人が息をしているだけで不愉快に思え、そんな奴らのために愛する合衆国が犠牲を強いられている現状に我慢がならないのだ。


 元上官のしでかした事件以来、朝鮮人嫌いを公言して憚らず、同様に共産主義者をも蛇蝎のごとく忌み嫌っていた。

 彼の境遇からすれば仕方がないとは言え、自身の感情を制御できず、朝鮮人と一括りにして差別するのは、元上官がしていた事と本質的に変わらないと理性が叫んでも感情が納得しなかった。


「おっさんはすっかり過激派になっちまったな、まあ俺もあいつらは嫌いなんだけど、ルールを守らない癖に我が物顔で非難するからな」


「時間が解決してくれるのを待つしかないでしょう。事件で彼が負った傷は深い。あ、チーフ! コールしますよ」


 ヴィクトルとアベルが例によって賭けポーカーに興じていた。チップは勿論くだんのチョコレート菓子だ。

 日本で療養中であり、現在『ホーム』に不在であるシュウが一足先に荷物だけ送ってくれたため、早速取り合いをしているのだ。

 段ボール箱には「皆で仲良く分けて下さい」とメモが添えられ、4袋のチョコレートが入っていたのだが、1袋を『ホーム』の皆で分けた後にお互いが1袋ずつ取り、最後の1つで勝負が再燃した。


 今回も出だしはアベルが好調だったのだが、回数を重ねるうちに不利になり、今ではすっかり劣勢となっていた。


 ここに全ての面が均等に出る、6面ダイスがあったとしよう。これを5回振ったら、全て1の目が出たとする。次にダイスを振った際に、1の目が出る確率はいくつになるか?

 正解は1/6で確率は変化しないのだが、アベルはここまで連続で1が出たのだから、次は違う目が出るという不可解な考え方をするのだ。

 一方ヴィクトルは冷徹な確率信奉者であり、前回のダイス目と、今回のダイス目に何ら関連性を見出さない、徹底したリアリストだった。


 アベルに言わせれば、運やツキには波があり、流れが来ている時は強気に攻めれば勝てるということらしいのだが、現実は非情であった。

 淡々と勝負をこなし、場に出ているカードと手札、デッキにあるカードから期待値を算出し、ここぞという時に勝負に出て、それ以外は無理そうなら降りるというヴィクトルに、良いようにあしらわれていた。


「エースのスリーカードだと! ヴィクトル! 悪いがカードをあらためるぞ!」


「ご自由にどうぞ。そもそもディーリングしているのはチーフですよ? 私がイカサマ出来る道理がないでしょう?」


 ヴィクトルはメモを取りながら、前回と今回の勝負で通算勝率を計算していた。勝率自体はほぼ一緒、それどころか僅かにアベルの方が勝っている。

 しかし、チップの取得率を加味するとヴィクトルの独り勝ちとなる。アベルは自分からレイズ(賭け金の上乗せ)をしないが、相手がレイズすると高確率でコール(同額の賭け金を払い勝負に応じる)する癖があった。

 自分の手札がブタの時は流石にフォールド(勝負を降りる)するのだが、勝てるかも? という希望があるとホイホイ釣られてしまうのだ。

 賭け事では自分を見失うアベルだが、こと戦闘指揮においては冷静に判断を下すため、勝負事でなく純粋に賭け事に向かない性格をしているようだ。


「シュウが居ないと暇だな。命の水ドクペの良さを分かち合える文明人が、ここには居ないからなあ」


「ドク、俺はドクターペッパーを嫌ってはいない。だが炭酸飲料をホットで飲むのは変だろう?」


ゴリラチーフには判らないかなあ? 冷やしても美味いが、温めるとシナモンの香りが立って美味いんだよ」


「ホットにしたら炭酸が抜けるだろうが、それじゃあ炭酸である意味がないと言っているんだ」


「まあ、そこはお互い平行線ですよ。では、私はフォールドします。まだ続けますか?」


「勿論だ。ヴィクトル、君から全てのチップを巻き上げるまで続けるぞ」


 唐突にドクがテーブルに置いたPDAが振動し、派手な音を立てる。


「お! 日本に居るシュウからだ。年明けには戻ってくるみたいだな。おい! ゴリラチーフ、シュウが追加で購入するリクエストを受け付けてくれるらしいぞ」


「なんだって! それは本当かドク! じゃあ、こいつをありったけ買ってくれるように伝えてくれ」


「またそのチョコかよ! SAKEってのはそんなに美味いのかねえ? おっさんは欲しい物あるかい?」


「そうだな、清酒とスルメを頼むと伝えてくれ。それとハルはどんな様子だ?」


「オーライ、おっさん。ハルか? ああ、写真が付いてるよ。珍しく可愛い恰好してるじゃないか、ハルも女だったんだな!」


「見せろ! なんだこの恰好は! 日本はこっちより寒いんじゃないのか! シュウは年長者なんだから、厚着を勧めるべきだ! 風邪をひいたらどうするんだ!」


「おっさん、誘惑したい相手に厚着をしろって言われたらハルが泣くぞ? いや、なんでもねえ、そんな睨むなよ」


「シュウには感謝しているが、それとこれとは別問題だ。子供の健康に配慮するのは、大人の義務だ。まったくけしからん!」


 この過保護なおっさんが居る限り、ハルの想いが成就するのは難しそうだとドクは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る