第42話 雷火

 北朝鮮の軍事施設壊滅は世界に激震をもたらした。米国の関与は明らかだが、どうやって攻撃したのかが一切判らない。

 第七艦隊は洋上から動いておらず、合衆国にも動員をかけた形跡がなかった。

 ここまでは予定調和だったのだが、続けて発生した金王朝崩壊は合衆国にも予想だにし得ない事態であった。


 主要軍事施設が軒並み攻撃されたのを受けて、国境に配備されていた北朝鮮軍が暴走したためだ。

 通常の軍隊ならば、首脳部が攻撃され指示が途絶えた場合、状況を確認すべく最低限の警備を残して中央に引き返す。

 しかし北朝鮮軍は違った。何を思ったのか国境を越えて韓国側に雪崩れ込み、攻撃を開始した。


 既に在韓米軍は撤退していたため、ソウルは瞬時に火の海となった。そもそも首都と国境が近すぎて、防衛しようがなかったとも言える。

 宣戦布告のない完全な奇襲攻撃に、国境を守っていた韓国軍は総崩れとなり、これもまたあり得ないことに北朝鮮軍に取り込まれてしまった。

 期せずして外敵の侵攻とクーデターが同時勃発した状態となり、韓国は無政府状態に陥った。


 辛うじて難を逃れた、韓国大統領の要請を受けて、沖縄で再編成中だった元在韓米軍が、日本国自衛隊の支援のもと、韓国へ再上陸を果たした。

 首都ソウルは既に陥落し、主要都市及び空港、港湾を占拠していた北朝鮮・元韓国軍の混成部隊は、米軍の支援爆撃及び第七艦隊緊急派遣の報を受けて北朝鮮へ撤退した。

 僅か一週間で朝鮮戦争は再燃し、再び膠着状態に陥った。そして更に激変は続く、国境線を越えて逃げ帰った北朝鮮軍はそのまま北上し、今度は北朝鮮首都の平壌を攻撃した。


 金王朝の圧政下で抑圧されていた軍隊は、韓国での略奪に沸き立ち、下剋上を企てたのだ。

 突如牙を剥いた北朝鮮・韓国連合部隊に平壌は即日陥落。金将軍は事実上の支援者である中国へと亡命し、朝鮮半島はどちらも暴力が支配する弱肉強食の世界となり果てた。

 目の前に降ってわいた政治的空白地帯にお行儀よく『待て』をする勢力ばかりではなかった。嘘か誠かロシアが国境線を越えて侵攻されたとして、宣戦布告し北朝鮮に攻め込んだ。


 一方中国は亡命した金将軍を担ぎ、正当性はこちらにあると、人民解放軍を投入し、北朝鮮を舞台に両軍が睨みあう事態に発展した。

 韓国は国家非常事態宣言を出し、事態の収拾にあたろうとしたが、信用崩壊から財政が破綻し、債務不履行デフォルトに陥った。

 これを受けて世界が一斉に牙を剥いた。債権回収の大義名分を掲げ、韓国の海外資産を次々に没収した。

 こうして大韓民国という国家は破綻し、国連管理下のもと、同盟国であった合衆国の委任統治を受けることとなった。


 北朝鮮を東西に割って睨みあっていた中国・ロシアの両国軍は停戦条約を結び、北朝鮮を東西に二分して分割統治することで決着した。

 G20にも名を連ねた朝鮮半島の自治独立は、内部から崩壊し、ハイエナに食い荒らされて終わりを告げた。


 軍事施設襲撃から僅か三か月、世界地図から地名を残して朝鮮という国家は消え去った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 世界が激動し、歴史上の転換点を迎えている最中さなか、俺はというと日本にある大道会系の病院に入院していた。

 テロリストが持つには過ぎた玩具である核兵器を取り上げる。それを信じて作戦に参加し、結果引き起こされた大惨事に、俺の軟弱な精神は耐えきれなかった。

 刻々と変化する世界情勢と日々もたらされる惨劇のニュースに、真っ先に俺の胃が音を上げた。食事をしながら眺めていた、TV報道が止めを刺し、胃潰瘍から血を吐いて倒れたのだ。

 辛うじて小康状態を保っていた持病は一気に悪化したが、逆にこれが幸いして感覚全般が鈍磨し、過剰なストレスから精神を守ったのは皮肉としか言いようがない。


 組織の医師は、このまま合衆国に居ては治療が覚束ないとして、日本での療養を提案し、組織首脳部はこれを是とした。

 かつての主治医であり、入院歴もある大道会系病院に入院が決まったのも、ある意味当然と言える。


「今日の調子はどうだ? 本来ならもう一度ECTを施術したいところだが、何が起こるか判らないからな。薬の種類は変えずに量を増やしているが、不具合はないか?」


「おかげ様で少しは楽になったよ。もう一回ECTを受けて右目もになったら、某有名司会者のようにサングラスが手放せなくなってしまうな」


「面白くはないが、冗談が言えるなら多少はマシになっているのか。食事は取れているか? 痩せたというか、小さくなったというか、数値上は良好なんだが、なんとも言えない違和感があるな」


 そう言えば俺はしんゆうと同じ時間から外れつつあるのだ。若返りがもたらす、孤独という弊害が忍び寄ってきているのを感じ取り、背筋が寒くなった。

 俺が我が身に代えてでも守りたかった家族と親友。どちらともいずれ別れは来るのだが、外見が変わることにより会うことが叶わなくなるとは思っていなかった。

 カレンダーにふと目をやると、師走も半ばを過ぎていた。俺が帰国していることを両親は知らない。急に郷愁の念に駆られ、己の姿が変わってしまう前に両親に一目会いたくなった。


「俺さ、両親に正月には顔を見せに帰るって言っていたんだよね。どこかのタイミングで外泊許可を出してもらえないかな?」


「まあ症状は安定しているし、外泊は構わないぞ。せっかく日本に戻ったんだ、女の顔も見せに行ったらどうだ?」


「ちょ…… とんでもない事言うなよ、ハルさんは同僚であって付き合っている訳でもないぞ? 年の差が20も開いているんだ、向こうからしたら、俺なんて『お父さん』に近い存在だよ」


「ふーん。普通の同僚っていうのは毎週見舞いに来て、甲斐甲斐しく着替えやらあれこれ世話を焼いたりしないもんだぞ」


「良くできた娘さんだからな。可愛くて性格も良くて料理上手で、しかも複数言語を操る才媛だ。俺みたいなおっさんよりも、もっと良い男を捕まえられるさ」


「確かに入院患者の爺さん婆さんにも大人気だな。まあお前たちが並んで居ても、良くて出来の悪い兄と年の離れた優秀な妹、悪くすると誘拐犯とその被害者にしか見えないしな」


「わざわざ悪く言うなよ。そうだお前にも礼がまだだったよな、何だかんだで金回りは良くなったから、一回飯でも食いに行こうぜ、好きなもの奢るよ」


「別に礼をされるような事はしていない。が、飯を食いに行くのは良いな。俺がノルウェーで商談していたオルセン氏を覚えているか?」


「ああ、ルイーゼちゃんのお父さんだな。そんなに経ってないのに、何年も前のことのように思うなあ…… 歳かな」


「そっちで覚えているのか、まあ彼が娘を連れて近く来日するんだ。それで歓迎の席を設けるんだが、お前も一緒に顔を出してくれないか? 娘さんがお前の手品にご執心でな」


「そう言えば一回メール貰っていたんだった、すっかり忘れてたよ。ようやく小松菜の煮浸しが美味しく感じるようになったし、もう少し体調が戻ったら付き合えると思うよ」


「そうか、じゃあ先方にはそのように伝えておくよ。予定が決まったら知らせるから、それまではゆっくりと療養するんだな」


「わかった、ありがとう。そうさせてもらうよ」


 俺の返事を受けて崇は病室を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 今回の入院で、俺は余裕があればTV報道を見るようにしているのだが、連日隣国の話題が取り沙汰されていた。

 それなりの規模を誇っていた国家が崩壊し、その影響は世界中のいたるところに現れていた。

 そしてその発端となる出来事の引き金を引いたのが自分であるという事実が、俺をさいなみ続けていた。

 無責任なマスコミは、今回の騒動で一番得をしたのはロシアだから、この一連の事件はロシアが画策した可能性が高いと、まことしやかに報道していた。


 国家体制が崩壊した韓国は、在日韓国人を呼び戻す帰国事業を日本政府に要請した。日本政府は実に70年ぶりとなる帰国事業に着手した。

 在日韓国・朝鮮人たちの立ち位置は、かつての朝鮮戦争における戦時難民という扱いであったからだ。このため国家が崩壊し、立て直しの時期にあって、次代の担い手として白羽の矢がたったのだ。


 膨大な負債のツケとして、韓国に存在するインフラは全て海外資本に押さえられ、長期に亘って負債を返済していく必要がある現状。

 韓国暫定政府の要請を受けて帰国しようという在日韓国人は少なかった。これに業を煮やした暫定政府は、特別法を制定し、日本政府に対して帰国しない在日韓国人の身柄を犯罪者として引き渡すように要請した。

 犯罪者引き渡し協定を結んでいた日本政府はこれに応じ、在日韓国人の強制送還が開始された。


 強制送還された人々は、祖国で犯罪者として扱われ、その財産を没収された上で労役が課せられる。

 60万人とも言われる在日韓国・朝鮮人たちが、悲惨な扱いを受けるという趣旨の報道が流れる。


 俺は無軌道に暴走する北朝鮮が頼みとする核兵器さえ奪えば、周辺国家にとって有益な結果をもたらすと信じて行動した。

 しかし結果はご覧の通り、世界中で発生する悲惨な事件の多くは、善意から引き起こされるという言葉を噛みしめていた。

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