第38話 胎動
キィン! カンカンカン……。
甲高い音がこだまする。俺は『墓地(グレイブヤード)』内部に設けられた
イヤープロテクターを外して、ターゲットを手元に引き寄せる。1マガジン+
命中精度が高いと評判のSIG P226を使ってこのざまだ。20メートルの距離にしただけで命中率がガクッと下がる。とは言え、10メートルでも命中は7発だったのだが。
ヘンリー老の忠告を受けて、最低限の自衛だけは出来るようになろうと、射撃練習を始めたのだが惨憺たる結果になっている。
銃自体は良く整備され高品質なのだが、如何せん扱う人間の腕がへっぽこだ。両手で構えて前に突き出した姿勢を保つことにも難儀する始末である。
新しいターゲットを取り付けて、20メートルの位置に戻す。今度は銃を置いたまま、アベルに事前に準備して貰った弾頭のみを摘み上げる。
左目の視界に弾頭を映し、ベクトル及び慣性モーメントを設定し射出。手元から弾頭が消えただけに見えるが、ターゲットを引き寄せてみると、ほぼ中央に穴が空いている。
命中させるだけならこちらの方が簡単だ。何せ手ぶれも何も関係ない、純然たる飛翔体に関する物理演算のたまものだ。火薬も使わないから薬莢も不要である。
今度は流線形も美しい7.62ミリメートル弾の弾頭を取り出す。初速として秒速1200メートルを設定し、通常の倍程度慣性モーメントを乗せて射撃する。
今度も綺麗に命中した。初速を通常の1.5倍程度にしているため、距離が離れれば弾道が安定しなくなるが、20メートル程度なら問題ない。
しかし、この方法には致命的な問題がある。遅いのだ。弾速ではない、射撃するまでに要する時間が長すぎる。
弾丸を取り出し、視界に収め、数値を定めて、発射する。相手は銃を取り出し、狙いを付けて、発射。4アクションと3アクション、しかも数値設定の時間が長いため話にならない。
さらに言うなら単発で連射も効かない。こちらが一発撃つ間に、相手は3発ぐらい打ち込めるのではないだろうか?
「うーん。そもそも俺が射撃しないといけないような状況に追い込まれた時点で詰みだな。俺が最優先ですべきは逃げることかな?」
「選択肢を増やすのは悪いことではないが、射撃センスが無さすぎるな。新兵でももう少し当てるものだぞ、シュウ」
アベルに付き添われ射撃を監督して貰っているのだが、一向に上達する気配すらない。アベルも珍しく困惑顔になっている。
「ただ、能力を使った射撃は面白いな。ちょっと待っていろ…… よし、これで良い。これを使って撃ってみるんだ」
そう言ってアベルが取り出したものは、9ミリメートル弾頭を9個連結した歪な塊だった。中心に1発、周囲に等間隔で8発並んで一つの弾丸を形成している。
「なるほど、これを1グループと認識して撃ってみるのか。重量は9倍になっているだろうし、慣性モーメントは個別にかけないと分離しちゃうよな…… よし! 補正出来た」
ブシャッ! という何とも形容しがたい音ともにターゲットが引き千切れた。
「む! そうなるのか。てっきり散弾のように飛び散ると思ったんだが、これはこれで面白いな」
アベルとしては合成弾に対して慣性モーメントをかけるつもりだったようだ。個別に設定したため非常に近距離で弾丸が飛翔するが、速度及び回転方向ともに完全に同期がとれ飛翔体は一体となって命中したようだ。
「発射レートは更に遅くなったが、この威力ならストッピングパワーは申し分ないだろう。本来拳銃は5ないし10メートルぐらいの
結局逃げるのか。まあ一対一しか対応できないからそれも止む無しではある。と、アベルのPDAが着信を知らせる。射撃場の外に出て応答していたアベルが戻ってきた。
「シュウ、スポンサーから要請だ。内容は核廃棄物の処理。ブリーフィングルームに向かうぞ」
ヘンリー老から聞いていた通りの展開となってきた、黙って頷きアベルの後を追う。
珍しく先にブリーフィングルームで待っていると、ドクとアベルが入ってきた。
「待たせたな、シュウ。さあはじめよう。今回のミッションは核廃棄物の処理を目的としている。
シュウの能力で生体の時間に関与できたから、核廃棄物の時間にも干渉して崩壊を早めることができないかと言う目論見らしい。
三賢人としては
今回だけ例外的に高レベル核廃棄物、つまり使用済み核燃料を持ち込み、実験を施す。
燃料ペレットの主成分はウラン238だが、プルトニウム等も混じっているため半減期は数万年とみられている。
これの原子崩壊に干渉し、短期間で安定物質である鉛へと変換するのが今回のミッションだ。
防護服を装着し、厳重に隔離された容器内の物質へ干渉することが重要となる。ここでの鍵はシュウの透視能力だ、眼前10センチ程度限定のこれを有効活用して核物質に干渉して欲しい」
「時間に干渉するのは構わないが、進めた分はどこかに吐き出さないと、宙に浮いたエネルギーがどうなるか予測が出来ないんですが……」
俺がそう言うと、控えていたドクがしゃべり始めた。
「まあそう言うと思って俺様が用意したものがある。これを見てくれ」
ドクがPDAを操作すると、スクリーンが切り替わり歪な形の黒い塊が映し出される。
「これは少なくとも10万年前の地層から発見された、堆積した植物の化石だ。これに対して時間を使うんだ! 『肉体年齢』の法則に従えばこれを数万年変質させないよう固定することでペイできるだろう?」
「巻き戻すんじゃなくて、留めるだけにするのか?」
「化石とは言え、元生体だからな。戻す過程で眠っていた病原菌に活性化されたりしたら目も当てられない。変化を留めるだけなら誰も損をしないだろ?」
「今回のミッションに限って言えば、失敗しても構わない。詳細な報告さえすれば目標は達成となる。何か質問はあるか? 無ければミッションを開始する」
ヘンリー老が言っていた通り、ダミーの依頼であり、達成できれば儲けもの程度の重要度なのだろう。
とは言え、放射線が飛び交う中に飛び込むわけだから油断はできない。彼らは着々と計画を進めているようだ、こちらは未だ有効な対策すら思いつかない。
彼らの予想を上回る何らかで、身の安全を確保しなければならない。残された時間はそう多くはない。
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