第23話 思惑

 扉の奥はSE時代の銀行常駐ですっかりお馴染みになってしまった、守衛が詰める形式のセキュリティゲートになっていた。

 そこを抜けて更に奥へ向かい、病院のICU(集中治療室)に似た二重式の気密ロックを通ると、近代的なオフィスのようなガラス張りの施設が見えた。


 入院する前に良く見ていた、海外ドラマのテロ対策室に良く似た構造で、少なくない人数の職員が忙しそうに働いていた。

 発令所のように一段高くなった場所にある、スモーク仕様のガラスで囲われた部屋に入ると、席に着くように促される。


「はるばる日本からようこそ。ここが『グレイブヤード』の心臓部であり、我々の『ホーム』だ」


 アベルはそう言うと手ずから淹れたコーヒーを各自の前においた。ドクと呼ばれた金髪男性のみ嫌そうな顔をしているが、ありがたく頂戴する。

 もっぱら紅茶党であり、コーヒーの良し悪しなどさっぱり判らない俺は、一口飲んで口の滑りを良くするとカップを机に置いた。


「スカウトに応じはしましたが、俺は一体ここで何をすれば良いのでしょう?」


 そう質問するとアベルはニヤリと獰猛な笑みを浮かべて頷いた。


「もっともな話だな。その件を話す前に君はここに来るときに不便だとは思わなかったか?」


「そうですね、俺が知る限りでは原子力発電所ですら、こんな面倒なセキュリティは無かったです」


「だろうな。我々の組織はその特性上、存在を秘匿する必要がある。だから地上にはカモフラージュされた墓地まで用意されている。

 掘り返せば実際に死体も出てくる本格仕様だ。だがね、ここまでしても存在を嗅ぎつけられることがある。何故だか判るかな?」


「俺がそうであるように外部の人間を招いたり、内部の人間が出入りしたりするからですか?」


「それもあるが、それだけじゃ30点だ。人間がそこで生活する以上、必ず物資が消費される。水・食料・電気・空気と実に様々だ。

 活動内容が高度になればそれに伴い必要となる物資はそれこそ指数関数的に増えていく。これらの物資は虚空から湧いて出るわけじゃない。

 現代では必ず経済活動の末に入手する必要がある。そしてそれを運搬し消費する、消費すれば無くなる訳じゃないゴミも出る。


 君はゴミだらけのオフィスで働きたいかい? 俺はゴメンだ、整理整頓された清潔な環境は企業でも軍隊でも良い仕事をする上で必須になる。

 これらの物資やエネルギーの出入りは人の出入りよりもはるかに頻繁で、かつ誤魔化しが難しい。

 人工衛星の目がある以上、一定数以上の人間が生活する場所は必ず露見する。この国の国防省だって巨大な要塞を建てた上で内部に秘密を孕んでいる。

 実際国防省ペンタゴンはテロの標的にもなった。翻って我々はその存在すら知られてはならない。非合法活動すら厭わない秘密組織だからだ。


 そこで君の能力を思い出して欲しい。君の能力に出入り口は必要かい? 輸送経路が露見する可能性は? 君の跡を付けられる人間が居ると思うかい?」


 なるほど、言われて見れば隠し事をするのにこれほど有用な能力も珍しい。出入り口無しの完全密室に出入り可能、物資は買い付けて倉庫にでも集め一気に転送すれば良い。

 電気だってこういう設備なら発電施設は備えているだろう、燃料さえ調達できるなら問題なく稼動できるはずだ。日々生産されるゴミも、どこかの倉庫に排出しそこから運び出せば良い。

 外部から見た場合辿れるのは倉庫までであり、その先が露見することは絶対にない。そう俺と同じような能力者が居ない限りは。


「そう、おそらく君も思ったことだろう。君の能力は非常に有用だ、そして同じ能力を持つ人間が居るならばその優位性は崩壊する。


 隠しても仕方がないので開示するが、断言しよう君の能力は唯一ユニークだ。記録上は過去に数人のテレポーターが存在していた。

 いずれも自分の移動すら出来ない手品師の範疇を出ない半端者ばかりだ。こう言えば君の能力が如何に際立っているかわかると思う。


 君が書き溜めたノートをハルが翻訳したものを読んだが、年甲斐もなくわくわくしたよ。君は自身の能力を過小評価している。

 君の能力は国境を無意味にし、あらゆるセキュリティを過去にする。核爆弾ニュークなど君に比べれば、公害を撒き散らすのに何ら利益を生まない工場のようなものだ」


 興奮しながら話すアベルに異常に持ち上げられて困惑していると、プシュっと言う空気の抜けるような音がした。

 何気無く音の方向を見やると、金髪の男がペットボトルのキャップを捻っていた。あの特徴的なラベルはドクターペッパーか!

 急にしらけた空気が漂い、アベルはやれやれと頭を振ると気分を変えて切り出す。


「そういえば彼らの紹介もしていなかったな。改めて全員の紹介をしよう。組織の特徴として、全員が一般社会から切り離されているため姓を持たない。

 名前とコードネームだけになる事を了承して欲しい。まずは俺ことアベルだ、チーフと呼ばれている。見て判るかも知れないが元軍人だ。


 次に協調性が無いことに定評のあるこいつがグレッグ。コードネームはドク、こう見えても機械工学の天才だ。

 人間と会話するよりも機械と会話した方が効率的と言う社会性が死んだ奴だが、材料と設備さえあれば設計図もなしに戦車さえ組み上げる技術者でもある。

 人間性に問題を抱え、ご覧のようにチェリーコーク味のドクターペッパーがないと何をするか判らない問題児だ。


 次にハル。彼女は外見がこの通りだから良くK12だと間違われるが、成人こそしていないものの18歳のレディーだ。

 年齢を公表する許可は彼女から貰っているので心配するな。本人からも聞いたかも知れないが語学が堪能だ。

 そして外見から侮られやすいため、意表を突いた交渉ごとに強い交渉人ネゴシエーターでもある。

 会話だけなら12ヶ国語、読み書きを含めると8ヶ国語が可能だ。


 以上の3名に加えて君を入れた4人が現状チームの全てだ。バックアップ要員は多く居るが、彼らは実戦に参加することはない後方要員となる。

 実は新設されたばかりの部署でね、今後要員を増やす予定だが、追加要員1号の君を獲得できたのはそう言う意味でも大きな意味を持つ。

 そして早速だが君に最初の任務がある、ハルが同行するので一緒に行動してくれ。最初の任務は『健康診断』だ」


 会話の中で聞き取れたが意味がわからなかったK12ってなんだろう? と思っていたら妙な初仕事を仰せつかった。

 そういえば一般企業でも健康診断を入社早々にするなあと思いつつ、了承してから質問を口にする。


「その『健康診断』は何処で実施するんですか? ここにその医療設備があるんでしょうか?」


「怪我人が出る可能性がある職場だから医療設備はあるのだが、設備が全く足りないためここで健康診断は行わない。

 君の左目については米軍も興味津々でね、ここからほど近く、フェニックスにある軍関係の病院で各種検査をして貰う」


「解剖とかされないですよね? 何だか健康診断に不穏な響きがするのですが……」


「何度も言うが君の能力は有用かつ無二オンリーワンだ。安全は保証する、詳細は道すがらハルに聞いてくれ。では解散。

 あ、ドク。お前は残れ。警備部か? そうだ俺だ、ドクのラボにある飲料用冷蔵庫を捨てろ。そうだ中身も含めて全てだ」


「シット! 糞ゴリラ! 今すぐ命令を撤回しろ! アレは人類の叡智なんだ! お前が淹れた泥水コーヒーとは違うんだよ!!」


 ドアを閉めると喧騒は遮断され、騒々しい声が聞こえなくなった。ブラウンさんは小さな手を差し出すと微笑んで言う。


「あらためましてハルです。これからよろしくお願いしますねミスターシュウ」


 温かく柔らかな手を握り、こちらも返事をする。


「ミスターは不要です。シュウで結構ですよ。チーフの言っていたK12って一体なんですかね?」


「ああ日本ではそういうカテゴリが無いのでしたっけ、学生の括りです。小学生・中学生・高校生の12年をまとめてK12って呼びます。

 日本とは年制が違っていて、小学校が5年間、中学校が3年間、高校が4年間で12年ですね。

 私は学生に間違われることが多いのです。下手をすると中学生と間違われることがあるため、特例的に偽のグリーンカードを持っています」


 そう語る彼女の眼は焦点があっていなくて少し怖かった。若く見られるのは良いことだと思うのだが、本当に若いときは大人に見られたいのかも知れない。


「18歳でそれだけしっかりされているのは驚異的ですよ。俺が18の頃は崇と悪さばっかりしていましたからね」


「ありがとうございます。あと敬語で話して頂かなくても結構ですよ。シュウさんから見れば娘のような歳ですし」


「うーん、ビジネスで相手の年齢に依らず敬語を使っていたから、敬語の方が楽なんですよ。英語は敬語しかしゃべれないですし。

 海外経験が少ないんで迷惑をかけるとは思いますが、よろしくお願いしますね」


 二人で並んで通路を歩き、ゲートを抜けてフェニックス市にある軍事病院へと向かった。

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