最終話 黒き帳 6/8
まただ。
エルデは新たな違和感を味わっていた。
何かがおかしい。
何かが根本的に違っている、と。
「そやかて!」
強く口にした言葉に、珍しくクロスが被せて止めた。
「そんな人間だからこそ、私は呪具を預けているんだからね」
エルデはその単語にたやすく反応した。
「呪具? ああ、あの『星を呑む獅子』とかいうヤツやな。そうか、あれはクロス、あんたか」
クロスは満足そうにうなずいた。
「あれは私が作った呪具の中でも最高傑作と言っていいね。でも残念ながら持ち主は能力の半分しか使えていないから、私としてはあまり面白くはない。それよりむしろ」
クロスはそこで言葉を切り、少し離れた場所に倒れているニーム・タ=タンに向かって顎を挙げた。
「彼女の方が呪具を使いこなしているよ。ちゃんと能力の全てを使っている。さすがは人の筆頭と言っていい」
「『蛇の目』とか言うてたな。確か雨が避ける……呪具やったか? 確かに便利やけど『星を呑む獅子』に比べたらたいした事なさ過ぎやろ?」
「何を言っているんだ。彼女ほどのルーナーが『星を呑む獅子』を使ったりしたら、この世界の理が崩壊してしまう。だから私は呪具を使える者を細かく分類して制限をかけているんだ」
呪具に相性があるという噂は、つまりはそう言う事だったのだ。もともと並外れたルーンの能力を持っている人間にルーンを強化・増幅するような呪具を与えない。つまりその強さをさらに増強するような事は避けていたのである。だからニームには、基本的に大して役に立たない「洒落」のような呪具を与えたのだろう。
だがクロスはそんなエルデの推測を否定した。
「勘違いしていると思うので、一応説明しておこう。僕が作った呪具を誤解されてはたまらないからね。呪具としては『蛇の目』の方が『星を呑む獅子』よりも複雑で高度なものだよ。『蛇の目』が持つ異空間への転移能力はタ=タンの王だからこそ発動する大仕掛けさ」
「ちょっと待った」
「ん?」
「異空間への転移能力? なんやそれ?」
「おや? 君はその目で見たんじゃないのかい? タ=タンの王が異世界へ転移する瞬間を」
「え?」
確かにエルデは、ニームが消えていく瞬間をその目で見ていた。だがあれはイオス・オシュティーフェのルーンではなかったのか?
「そうか」
ここでも「思い込み」が自らの観察眼を曇らせていたことをエルデは悟った。あれはイオスにかけられた受動的な術式ではなく、自らが引き金をひいた能動的な現象だったのだ。
だとすると発動原因は生命活動の急激な低下か、あるいは……。
「持ち主の恐怖が閾値を超えると発動する仕組みになってるんだよ。もちろん、相当のエーテルを持つ者しか発動させる事はできないけど、彼女は簡単にそれを発動させる事ができたということだね。もっとも……」
「もっとも?」
「能力は一方通行だからね。異空間である龍墓から現世に帰ってくる事ができるかどうかはあの娘次第だったということだよ」
イオスはエルデに対し、ニームに接触可能な「入り口」を的確に告げた。だからこそエルデはイオス自身がニームを龍墓に転移させたと信じて疑わなかった。
だが事実は違った。
異空間に転移していくニームを見ただけで、イオスは行き先である龍墓の空間軸を正確に把握していたのだ。四種類ある龍墓はそれぞれが別々の時間軸を持ちつつも、互いに絡まり合うようにして自ら空間を歪ませ、結果として無数の時間軸がある世界を構築している。普通の人間どころか、亜神であってもそこに入り込めば二度と普通の空間に戻る事は無い。例外が宝珠、龍珠と呼ばれるあのプリズムなのだ。あのプリズムを持つ者はそのもの自身が空間の交差点となり、無数に連なる異世界を自由に行き来できるようになるのだ。宝珠とは言ってみれば複数の時空を歪曲させ束ねる磁石のようなものだ。宝珠の正統な所持者は、宝珠を身につけることで異空間内での絶対的方向感覚をも得る。だから迷わず現世への出口に向かう事ができるのである。
だが、ニームの件に関してだけ言えば、『蛇の目』が発動しなくともイオスがプリズムを使って異空間に転移させたであろうと思われた。今からやろうと思っていた事が自動的に行われたからこそ、イオスはあの時驚いた表情をみせたのであろう。
エルデは呪具の話を聞いて、ふとある事に思い至った。
「ミリア・ペトルウシュカっちゅう男を知っとるか? デュナンの青年や。年の頃は」
「ああ、地精の事だね。もちろん知っているとも。その口ぶりだと彼に会ったんだね?」
エルデは忌々しそうに頷いた。
「二度と会いとうないけどな。あの肉体支配能力もあんたの呪具なんか?」
「肉体支配能力? いや、そんな能力は彼に与えたあの呪具にはないよ」
「そうか。ほんならあれは地精、つまり大地のエレメンタルとしての能力っちゅうわけか。自己能力やとすると余計やっかいやな」
「ふむ。どうやら彼は私の予想以上の能力を発現させたようだね」
「そやったら、ミリアが持ってる呪具はなんなんや?」
エルデ自身はもうミリアと相まみえる事は無いと考えていたが、参考までに情報を得ておこうと考えた。自分が出会わなくとも、誰かがであった時に少しでも役に立つにちがいないのだ。
「『君に熱視線』はね、かなり気をつけないと危険な呪具だよ」
「何や、そのふざけた名前は?」
「君もセッカと同じ事を言うんだね。いい名前だと私は思っているんだがなあ」
「いや……それでどんな能力があるんや?」
「あれは眼鏡型でね。かけると視界に居る相手のエーテルが鮮明に見えるようになる」
エルデは記憶の引き出しから眼鏡をかけたミリアの顔を取り出した。
(なるほどあの眼鏡は呪具だったのか。しかもエーテルを視覚化できるとは)
「という事はつまり」
「そう。人間が亜神の目を得るという事だね。我々にとっては当たり前の事だけど、人間にとっては大きな武器になるよね。特に一対一で対峙した時の駆け引きに使うとこれはもう反則技だろうね。フェアリー同士なら相手の力量がわかるというのは最大の情報になるにちがいないだろう?」
クロスのいう事は至極もっともであった。だが、エルデは苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「あの男にそんな情報が必要とは思えへんねんけど」
エルデの態度を見たクロスは珍しく肩をすくめた。
「よほど彼を嫌っているようだね」
当然だ、というようにエイルは大きく首肯した。
「そもそもあれがあの男の能力やとしたら、エレメンタル同士の力の均衡はもう崩れまくってるで」
「いや、そうでもないだろう」
「え?」
「何しろ、君の言う『あの男』、つまりペトルウシュカ公ミリアの命運はこの私が握っているのだからね。そして彼自身もそれに気付いている。いや、知っていると言った方がいいだろう。勘の良い、いや彼が恐ろしいのは地精としての能力ではなく深い洞察力のほうじゃないかな。つまり彼はいろいろと知ってしまったから私とは会いたくないはずなんだ」
「ああ」
その一言でエルデはミリアに対して持っていた疑問の一つが解決したと思った。
長い間能力をひた隠していたこと。その後も決して表に出ず、大きな事には直接関わるような事をしていない。それはとりもなおさず【黒き帳】に見つかる事を怖れての事ではないだろうか、と。
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