第七十五話 鍵 2/4
「そう言えば大事な事を忘れてた」
小柄なテンリーゼンを間に挟むような形でエイルがエルデに声をかけた。
法外な渡航費用を支払った三人は、渡船の待合室の長椅子に座って出港を待っていた。
「大事な事?」
「この件をイオスに報告するつもりじゃないだろうな?」
この件とはもちろん風精、つまり風のエレメンタルが健在であるという事実の事である。
「亜神同士、尋ねられたら正直に話さなアカンやろな」
「オレは反対だ」
エイルはニーム・タ=タンの一件以来、イオスに対する敵意を消せないでいた。それに水精、すなわちルネ・ルーにした「仕打ち」を許していないのだ。
「別に報告義務はないし、ウチからわざわざ伝える事はないわ」
エイルの声色が急に気色ばんだのを察したエルデは、やんわりとした調子でそう言った。
「まあでも……」
エルデはそっとテンリーゼンの銀髪を撫でた。
「感知されるのは時間の問題やと思う」
「感知?」
エルデはうなずいた。
「もちろんウチはエレメンタルやないからこれは憶測やけど、『合わせ月』が近づくに従ってエレメンタル同士は互いに感応するようになると思う」
「何だって?」
エルデの話では、マーリンの座がエレメンタルを呼び寄せる為に何らかの力を使うようになると、エレメンタル同士もその力に呼応しあって互いの位置を知る事になるのだという。
「宝鍵、知ってるやろ?」
無論エルデは知っていた。そもそもファランドールに降りたった当初は、宝鍵の欠片を集める事が目的になっていたのだ。
「詳細はウチもわからへんけど、あれが一つの鍵になると思うんや。もともとあれはエレメンタルが使う文字通りの『鍵』やしな」
エルデによれば、ファランドールの大地には四つの龍が眠っているのだという。
それはいわゆる龍墓を基点とする地脈のようなもので、龍墓にはそれぞれ対応する宝鍵があり、合わせ月の日が近づくにつれその「道」を示すという。
「道」とはすなわち龍の道と呼ばれる洞窟で、全ては一点、すなわち「マーリンの座」に辿り着く。
マーリンの座とはすなわち四つの地脈の頭に位置するもので「龍墓」とは尾の先にあたるのだ。
「宝鍵が別名龍珠って言われるのは、つまり四つの地脈を龍に見立てた事によるわけやな」
エルデの説明にエイルが不機嫌そうに問いかけた。
「知らないって言って託せに、随分詳しいんだな」
「そやな」
エルデはそう言うと悲しそうな顔をして目を伏せた。
「色々思い出すうちに、ついでにそういう仕組みも一緒に、な」
エルデはしまったと思ったが、エレメンタルの事を全て知っている者と出会ったら、是非聞いておきたいと決めていた事があった。
エルデの過去が幸せに彩られてはいない事をエイルは知っていた。だからこそシグ・ザルカバードがその記憶を封印したのだから。
だが自らの事を知りたいという欲求には勝てなかった。
「なあ、純粋なエレメンタルって何だ?」
エルデの小さなため息が聞こえた。
「やっぱり、それを聞くんやな」
「質問を変えてもいいぞ。『合わせ月』の日、オレは本当は何をすべきなんだ? マーリンの座から遠く離れて、その日が過ぎ去るのを待つっていうのは本来許されない事なんだろ? だったら」
「宝珠を取りこんで、一体となった者を、純粋なエレメンタルって呼ぶらしい」
「一体? 宝珠を取りこむって……精杖みたいにか?」
エイルはしかし大きくかぶりを振った。
「逆やな。『取りこまれる事』や」
「え?」
「ルネを見たやろ? 宝珠に乗っ取られたら、ああなるっちゅう事や」
「う」
エイルは絶句したが、エルデはかまわず続けた。
「純粋なエレメンタルは、機能だけの存在になるらしい」
機能だけの存在とは、宝珠の本能のようなもので、マーリンの座に存在するという宝珠を安置する場所、言ってみれば「鍵穴」に戻ろうとする意思のことらしい。「らしい」というのはもちろんエルデも見たことがないのでそれが正しい事かどうかは断定できないからだ。
宝鍵と一体化した「純粋なエレメンタル」つまり「鍵」に意思があってはならないと他ならぬマーリンは考えたのだろう。だから一体化したエレメンタルはそれまでの記憶と自我の類を白紙に戻されるのだ。
だが単純な「鍵」つまりモノに成ってしまうわけではない。その証拠にルネは言葉をしゃべり自らの意思や感情を持つ「人間」に見えた。
そもそもエルデの父であった三千年前の「炎のエレメンタル」には感情も意思もあり、何より人と交わって子供を作る事ができる存在であった。
白紙に戻るだけで、人ではあるのだ。
そこに一筋の光明のようなものがあるのではないかとエルデは考えてた。
「完全な水のエレメンタル」ではなく「あの」ルネ・ルーに戻る可能性である。
宝鍵と一体化しても完全に白紙になるのではなく、単純に宝鍵の支配力が人間の自我を覆い尽くしているだけかもしれないのだ。もしそうであれば宝鍵の支配力とやらを消滅までいかずとも弱めることができるなら、記憶や感情の一部を取り戻す可能性があるのではないか。
おそらくハロウィンいやエウレイ・エウトレイカもそれを一条の希望の光としているのだろうとエルデは思った。そしてイオスもまた同じ事を考えているのかもしれない。だからこそエウレイをルネと同道させたのではないのか。
では「鍵」とは一体どのような存在なのか?
マーリンを呼び出す為に必要な「もの」だと言われれば漠然としつつもその重要性がわかる。
だがなぜ鍵が四ついるのか? いや、四つ揃わないとマーリンを呼び出せないのであれば、一人が欠けた時点で「合わせ月」という特異日の意味が失われる。それはつまり「合わせ月の日」と「宝鍵」さらに「エレメンタル」の意味を全て知る一握りの人間にとって、炎のエレメンタルが死んだと聞かされた時点で「合わせ月」から得られるであろう「マーリンの力」とやらをあてにすることが出来なくなった事を認識するはずだ。たとえばおそらくサミュエル・ミドオーバのような人物だ。
「それは……なんでやろな」
エルデとて全てのからくりを理解しているわけではないのだ。
疑問や謎はまだまだ多い。いや、むしろ増えていると言ってもいい。
「鍵は一つあれば、マーリンに触れることはできるさ」
エルデとエイルの会話を無言で聞いていた黒猫セッカが割って入った。
「え?」
「一つの鍵は点となり、マーリンの灯りに手が届く」
黒猫は何かを朗読するような調子でそう言った。
「二つの鍵は線を描き、マーリンの記憶を呼び起こす」
「セッカ、お前……」
「三つの鍵は面を作り、マーリンの手足を司る」
「お前は『合わせ月』の意味を……知っているのか?」
セッカはエイルには答えず、詩のような文言を続けた。
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