第七十四話 この世の終わり 3/4

「ヤツはいったい何がしたいんだ?」

 エイルはミリアの目的を想像すらできないでいた。

 エルデは言う。

「ウチにもさっぱりわからへん。ただ一つ言えるのは、絶対敵に回しとうない奴やっちゅう事やな」

 今のところ危害を加えられる事は無い。それはほとんど間違いないと言っていいだろう。だが問題は彼らの行動がなぜかミリアには全てお見通しである事だった。

 ミリアがその気になれば、例え相手が亜神のエルデであっても簡単にその命を奪えるに違いない。現に「あの時」、エルデはミリアによって完全に体の制御を失っていたのだから。ミリアの恐ろしいところは、何の前触れもなく力を使われてしまうことだ。エイルの先読みが全く役に立たない。だが違う見方をすればそれは攻められると弱いのかもしれない。自らを強化することは出来ず、専ら攻撃によってのみ身を守る事ができる……。

 もっともそれを裏付けるような証拠はない。ただの憶測のようなものだった。

 謎だらけ。

 できれば戦いたくはない相手。

 つまりはそう言う結論に到達してしまうのだ。それだけに相手を敵と見なさなくてもいい今の流れは歓迎すべきものだと言えた。

 とはいえミリアが単に「親切な人」であろうはずがない。その行動にはミリアなりの意味があるのは間違いない。それが見えれば協力できることもあるかもしれない。現状ではミリアがエイル達に望んでいるのは積極的な協力ではなく「敵に付くな」という消極的なものだ。エイル達がこの戦争に荷担する事はミリアの筋書きに影響を及ぼすと言う事であろう。言い換えるならばミリアはこの戦争に一つの道筋を付けようとしているという事になる。


「エイルってば」

 自分を呼ぶ声に、エイルは我に返った。

「どないしたん? 何度も呼んでんのに」

 のぞき込むようなエルデの顔を見て、エイルは覚醒した。考え事に夢中になるなど、久しぶりのことだった。迷いの森に入ってからは頭の中で考えるよりも、エルデと会話をする時間の方が長かったからだ。いや、日中はほとんどひっきりなしに他愛も無い会話を繰り広げているような気がしていた。

「悪い。ちょっと考え事を」

「あんたは基本が根暗やさかい、一人やとすぐそれやな」

「いやいやいやいや」

「今、ハーモニーとあの髭面の話をしてたとこやねん」

 エルデは屈託のない笑顔をエイルに見せると、隣を歩くテンリーゼンを見やった。

「『始末屋』が【秘色の鞦韆(ひそくのしゅうせん)】を特定してあの集落に向かってたって聞いた時は、あらかじめ仕掛けを施してきた自分を褒めてやりたいって心から思たわ……ちゅう話をしててん。というか、始末屋とすれ違った事に気付いたアンタのあの時の焦った顔が面白すぎや、っちゅう話なんやけどな」

「リーゼ相手に何の話をしてるんだよ」


 ハーモニーを特定したと思しき始末屋はおそらく間違いなくハーモニーの家にたどり着いたであろう。だが彼らはそこで「賢者」を発見する事はできなかったにちがいない。

 なぜならエルデがハーモニーの「賢者の徴」すなわち第三の目を消し去っていたからだ。それができるのは亜神だけだとエルデは説明したが、そもそもいつの間にそんな事をしたのか、エイルはまったく気付かなかった。

 亜神と違い、賢者が持つ第三の目は一種の移植なのだという。違う言い方をすればヤドリギのようなもので、人間の頭部に寄生する生体と言い換えてもいい。賢者の徴は宿主の脳と最終的には融合し、一体化するらしいのだが、それには個人差が大きいという。

 ハーモニーの場合は末席賢者でそもそも融合の適合性が低い。しかも賢者会から逃亡しようというのだから、その適合性はさらに低かったのが幸いしたのだろう。亜神の力を持つハイレーンのエルデであったからこそ出来たこととはいえるだろうが、本人曰く「簡単に分離した」そうである。

 強制的に分離した目はその場で消滅し、つまりは二度と【秘色の鞦韆】という名を継ぐ賢者は現れないことになった。

 そんな状態のハーモニーであるから、始末屋はハーモニーを賢者と認定出来ないのだという。


「始末屋は強制的に第三の目を開かせて賢者認定をするんやけど、それが出来へんのやからそもそもハーモニーは賢者やないっちゅう判断になる」

 いくら本人から「賢者だ」と言い張ろうとも、始末屋にとってはそれは何の証拠にも値しないそうなのだ。

「そんな事よく知ってたな」

 感心してエイルがそう言うと、エルデはバツが悪そうにからくりを素直に白状した。シグ・ザルカバードを呼び出して、ハーモニーを救う術がないかどうかを相談したのだという。

「亀の甲より年の功っていうのはホンマやな。さすが亜神付きの大賢者や。いろんな抜け道を知ってるわ」

「まあ、お前も三千歳だけどな」

「それはちゃうから!」


 そんな二人のやりとりに、意外なことにテンリーゼンが加わってきた。

「仲が……いい……のだな」

「そうそう。そやから誰もウチらの間には割り込めへんねん。そこんところはよーく肝に銘じくんやで?」

 言って聞かせるようにテンリーゼンにそう告げると、エルデはエイルに顔を向けた。それは本当に嬉しそうな表情で。

「けっこう発音がしっかりして来たやろ。もう人間の言葉にしか聞こえへん。もっとも、しゃべるっちゅう行為はまだけっこう疲れるみたいやけど」


 確かに声というよりうなりにしか聞こえない音は影を潜め、ちゃんと言葉として聞こえていた。かわいそうにエルデにつきあってずっとしゃべりっぱなしなのだろう。

 エイルの基準ではあるが、エルデはおしゃべりだ。だが同じおしゃべりでもカレナドリィ・ノイエとは全く違う分類項に括られるべきだと思っていた。果たして息継ぎをいつするのだろうかと心配になるほどただしゃべり続けるカレナドリィと違い、エルデは同じおしゃべりでも自分がしゃべるのが好きなのではなく、相手との「会話」が好きなのだ。アプリリアージェと言葉でつばぜり合いをしている時のエルデは本当に生き生きしていたし、ほとんど妄想ともいえるエイルとの将来の夢を話し合う時のエルデは貧困な語彙を敢えて使えば「夢見る少女」のように幸せそうに見えた。テンリーゼンとの場合はどうかというと、やはりここでも保護欲を満たしているのだろうか、相手に対する慈しみがエーテルとしてにじみ出ているような気がしてならなかった。

 

 テンリーゼンが今までしゃべらなかったのは、幼少の頃の高熱による後遺障害だとアプリリアージェには説明されていた。アルヴ族は第二次性徴が急激に訪れる関係で、副作用のような状態で高熱を出す場合が多いという事はエイルもエルデから得た知識で知っていた。その際、元々体が弱い者は命を落とす場合も珍しくないのだという。それがアルヴ族に課された自然淘汰なのだと言われるとそうなのかとは思うが、その大きな関門を抜けることができさえすれば、デュナンの三倍とも言われる寿命を得る。第二次性徴時に特に大きな問題も無く、多くの人間が成人となるデュナンとどちらがいいのかはエイルにはわからない。

 だがテンリーゼンの口から聞いた話では、その第一次性徴時の高熱による障害説はアプリリアージェによるねつ造、すなわち嘘なのだという。

「そう言うことにしていた」のだ。

 つまりテンリーゼンは今までしゃべれないのではなく、しゃべらなかっただけだという。

 なぜか?

 その時はすぐに別の話題になったので、そこに生じた疑問が流された格好だった。エイルはしかし、テンリーゼンの顔を見て、再びその疑問に舞い戻った。


「なあ」

 エイルはエルデ越しに直接テンリーゼンに声をかけた。

「さっきの話なんだけど、何でリーゼはしゃべらなかったんだ?」

「それは……」

 テンリーゼンは口ごもった。それを見ていたエルデが凶悪な笑いを浮かべてエイルを見た。イタズラを思いついた時にエルデが見せる笑いである。エイルは自分が何かヘマをした事を自覚した。もっともそのヘマが何だったのかが皆目わからないのであるが。

「やっぱりウチのダンナさんはニブちんやなあ」

「なんだよ?」

「いやあ、全然気付いてへんみたいでなによりや。な? リーゼ?」

 エルデはそう言ってテンリーゼンに目配せをして見せた。

「エルデは……知って……いる?」

 テンリーゼンの問いかけに、エルデはうなずいて見せた。

「元々ネスティとアンタの関係に気付いた時に、可能性の一つとして考えてた。でもそれを確信したのはアンタを抱きしめた時やな」

「そう……か……でも、まだ」

「わかってるって。誰にも言わへん。でもエイルはどうする?」

「エイルには……知って……ほしい」

「そうかそうか」

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