第五十四話 シャナンタ・キョウヤ 2/2

「閣下」

 ゾルムスと共にヘルルーガの両脇を固める幕僚、サクソルン・ユーフォニアム大佐が司令官をたしなめるように声をかけた。

「案ずるな、ユーフォニアム大佐」

 ヘルルーガは冷静な声でそれに応えた。

「このような男。我が槍の一振りで勝負は決まる」

「いえ」

 サクソルンは思わず苦笑した。

「我々は万が一にも閣下を失うわけには参りません。ここは自重すべきです」

 ヘルルーガの答えを待たず、サクソルンの言葉に覆い被せるように野太い声が響いた。大丈夫のクォーク・レプトンであった。

「我らが司令官への侮辱はすなわち我々全部隊への侮辱。決闘ならこの私めに。何なら目隠しをして相手をしてもかまいませんぞ」

「なるほど」

 しかし、大佐服の男は全くひるんだ様子はなかった。


「決闘云々はともかく、今の様子では私が勝利する事は微塵も想定されておらぬようで」

「腕に覚えがあると言うのか? なるほど、貴様はフェアリーか?」

 だが大佐服の男は首を横に振った。

「いやいや、そういう事を言っているのではなくて、よく相手を知りもせずに喧嘩をふっかけるもんじゃありませんぜ、という話でね」

「なにもわかっていないのはお前の方だ」

 ヘルルーガはそういってヘラヘラした大佐服の男をにらみ付けた。

「つまらぬ挑発はするなと言っている。私は他人に試されるのは好かん」

「ふむ。アルヴにしては意外に冷静な態度だな」

 大佐服の男は独り言のようにつぶやくと再びピクリと眉を動かした。


「政治的判断を求めてるのはそのクジャク男か?」

 緊張感が流れる会見の場に、おっとりした声が響いた。その声を聞いたヘルルーガの表情がぱっと一変した。本人は無意識だったのだろうが、大佐服の男はそれを見逃さなかった。

 声の主はエスカだった。

 振り返るヘルルーガに笑いかけると、まずは遅くなって済まないと詫び、エスカは視線を大佐服の男に戻した。


「お初にお目にかかる。キョウヤ大佐。いや、今は便宜上キョウヤ伯爵とお呼びする方がよろしいかな?」

 シャナンタは肩をすくめると苦笑した。

「ドライアドの爵位など、この期に及んで何の意味がありましょうや? シャナンタでよろしゅうございます、白の国エスタリアの実質的な領主にしてフラウト王国皇太子殿下」

 そう言うと膝を突き、慇懃に礼をするシャナンタに、エスカは苦笑しながら声をかけた。

「いや、その言葉遣いはやめてくれ。なんというか、色々とやりにくい」

 エスカはつかつかとシャナンタに歩み寄ると右手を差し出した。

「エスカ・ペトルウシュカ・フラウトだ。俺もエスカでいい。シャナンタ」

 シャナンタは差し出されたエスカの右手と、右目を閉じたままのエスカの顔を見比べた後、視線をヘルルーガに移し、さらにもう一度エスカの開かれた方の目を見つめた。


「ヴォール方面に向かわせた別働隊を含めて、ざっと三千人いる。好きに使ってくれ」

 そう言うとシャナンタは差し出されたエスカの右手を、力を込めて握り締めた。

「フラウト軍の指揮系統は一本だ。部隊全体の指揮はベーレント軍務大臣に一任している。それでいいか?」

 エスカも負けじと力を込めてシャナンタの手を握りかえした。

 女性アルヴ並みの長身を誇るエスカに比べると、シャナンタは頭半分ほど小柄であったが、それでも普通のデュナンよりはいい体躯を持っていた。膂力もデュナンとしてはそうとうに高い事が、微妙にゆがめたエスカの顔で知れた。

「今さら聞くまでもない。このシャナンタ、見込んだ相手に靴を舐めろと言われたらたとえその場が不浄であろうと喜んで顔を地面につける男だ」

「認めてもらったようで嬉しいんだが、やけに簡単だな」


 エスカは当初より城砦の某所からヘルルーガとシャナンタの会見を見物していた。

 後ろを向いたヘルルーガの言葉はわからなかったが、シャナンタの発言は、唇を読むことができるリンゼルリッヒに一字一句そのままに伝えられていたから、だいたい会話の内容は理解していた。

 だが、理解できないのはヘルルーガ達であった。


「説明してもらえるのだろうな?」

 不信感を隠そうともせず、ヘルルーガはエスカに詰め寄った。

「知り合いだったのか?」

 エスカとシャナンタは同時に首を横に振った。

「初見だ」

 シャナンタは真顔でヘルルーガに向かいそう答えると、エスカにしたように片膝を付いてヘルルーガに礼をした。

「だが私は殿下の兄、すなわちエスタリアの『バカ殿』をよく知っている。当初よりエスカ殿の陣営に合力するつもりではいたが、さりとて一度も会った事もない人間に部下の命を預けてよいものかどうか悩みつつここに来た次第」

 バカ殿……すなわちミリア・ペトルウシュカの名前が出た時点でヘルルーガの表情が変わった。

「要するに我々は値踏みされたという事か」

「悪く言えば……」

「良く言おうと同じ事だ。今の話ではキョウヤ伯爵は一目見ただけでエスカの人となりがわかったというのか? 最初から傘下に入ることは決めていたが、とりあえずは我々を愚弄しようとしただけに思われてもしかたがないのではないか?」

 ヘルルーガの怒気を帯びた言葉に、シャナンタは肩をすくめて見せた。

「ヘルルーガ・ベーレント少将を麾下(きか)に置いたと知った時点で、エスカ殿の器量をそれ以上探る必要なしと判断した、と言えば信じていただけますかな?」

「そ、それは……」

「ドライアドにもその名がとどろく名将ベーレント少将をして『惚れた』と言わせるなど、凡百の男でないことは確かでしょうが。誰が何と言おうとこれは我が結論。ついてはさっそく自分の上官となるそのベーレント閣下の人となりを探ろうと、多少世間話などをさせていただいたに過ぎません」

「世間話だと?」

 さらに気色ばむヘルルーガに一礼すると、続く言葉を待たずにシャナンタは立ち上がり、敗残兵の寄せ集めのはずの兵達に向かって右の拳を高く掲げて合図した。

「フラウト王国が俺達を正規兵として雇ってくださるそうだ!」

 シャナンタの声は谷に反射して良く通った。

 兵達はその言葉に反応してどよめくと、次いで自らが手にした得物をぶつけ合った。その音谷を挟んだ両方の崖に反射して増幅され、城砦に響き渡った。

 シャナンタがもう片方の手を上げると、音はすっと止んだ。満足そうにそれを眺めた後で、シャナンタはゆっくりと環まれ右をしてヘルルーガに相対し、今度はドライアド式の最敬礼を行うと、こう言った。

「まずは閣下にこの部隊の最敬礼をご教示いただきたく」

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