第三十八話 ミヤルデの謀反 6/6

 アキラはエスカに沿う。

 だがもちろん、唯々諾々ではない。

 ならば自分もアキラの唯々諾々人形であってはならない。

 アキラとは違う価値観でエスカをもり立てる事が自分ならできるはずだと考えたのだ。その考えの末に出てきた答えが、たとえアキラの意に沿わぬものであったとしても、それはそれで良いと思えるまでになるには、さすがに葛藤はあった。しかしライサ=リザレーから計画を打ち明けられる頃には「アキラに『ただ』身も心も捧げた『だけ』のミーヤ」ではなくなっていたのである。


 ミヤルデはこの時点で、エスカがやろうとしていることの全貌を知らされてはいた。だが「全貌」とはいえ、すべてが詳らかにされたわけではない。もちろんミヤルデにはその事に対して不満はない。むしろミヤルデに対して奥の奥の、文字通りの全てをさらけ出すようではエスカに対してかえって不信感を覚えるかもしれない。

 アキラはより深いところを知っているようであったが、それでも全てではないはずだった。

 ミヤルデはだから、自分の知っている範囲で出来ることをし、自分の立場で素直にものを考えればいいと達観することができた。

 そして考えたものがライサ=リザレーの申し出に端を発した案であった。

 エスカ・ペトルウシュカが、ライサ=リザレー・フラウトと婚儀を執り行い、フラウト王国を所有すればいいのだ。


 エスカが思い人に突然逃げられ、あげく女性不信に陥っているという状態が、そもそもミヤルデには我慢がならなかった。リンゼルリッヒの言葉は当然ながら誇張が入っており額面通りに信じたわけではないが、それでもエスカの年齢と立場を考えると閨に女の影が全くないというのは、自然な環境ではないと思えた。

 古今東西を問わず、大きな事を成し遂げようとする英傑の傍らにはそれを支える伴侶の存在があった。伴侶は一人の場合もあるが、複数の場合も多々ある。

 エスカは男であるから、伴侶としてその力をふるうのは女ということになる。

 王宮であろうが戦場であろうが、平時であろうが有事だろうが、女の「領分」の重要性を知らぬエスカではないはずである。

 だが、その部分についてエスカは完全に「手つかず」の状態だ。

 フラウトを拠点と定めたのであれば、フラウト王国のうち、女が主権を握る領分をきちんと押さえておく必要がある。

 ミヤルデはそこがずっと気になっていた。


 エスカに何らかの策があるのは間違いないが、その策がいつまでたっても表に出ない。アキラに尋ねてもその件については「さらに奥」であるらしく、結局満足のいく戦略なり戦術なりが見えてこないのだ。

 外向きではなく内向きにも強固な戦略を持つことは戦争をしようという国にとっては当たり前に重要な事柄であるはずなのに、その部分に明確な意思が見えてこない。

 最近気にかけていることといえば、外向きのこと……すなわちアダンの情勢ばかりなのだ。

 だからミヤルデは、ライサ=リザレーの申し出を大義名分としてエスカをつついてみることにしたというわけである。


 ライサ=リザレーをいきなり正妻に置くことはエスカの立場としては難しいに違いない。だから正式な婚儀さえしておけば、側室扱いでいいだろう。一国の王女とはいえ、泡沫国家の第三王女と、ドライアド王国の五分の一もの面積を誇ると言われる「白の国」エスタリアの領主たるペトルウシュカ公爵家の実質的な盟主であるエスカとでは対等な立場にならないのは誰もが認め、納得するところである。

 さらに、聞けばフラウト国王リムル二世はいまだに明確に嫡子を決めていないと言う。

 リムル二世の子供は一男四女である。

 四人姉妹上の二人、マリア=ランプとターニャ=エファールは、すでにフラウト王国とドライアドの関係強化の為に他国に嫁ぎ、残るのはライサ=リザレーと末のヒナティーダ=ユーレーの二人だけとなり、唯一の男であるフォール=クムはまだ「おしめ」すらとれていない状況で、成人はライレーことライサ=リザレー一人だけである。

 もともと長子が自動的に皇太子となる法律が新しい国家であるフラウトにはなく、国王が定める事が不文律とされているのみである。

 これは法治国家としては致命的な欠陥であるが、ミヤルデは「わざと」そういう隙を作っていることに、既に気付いていた。

 要するに「いつでも誰かに国を譲れる」状態にあったのである。

 さらに言えば国王の引退すら明文化されておらず、その気になれば他人に王位を譲り、自分はいつでも引退できる立場にリムル二世はいたと言っていい。

 フラウト王国の成り立ちが、そもそもウンディーネ領にあるエスタリアの飛び地国家のようなものであり、いつでもエスタリアのものになる用意がされているといった方がしっくりとくるような状態であった。

 ミヤルデはだから、その札を今切ってはどうか? とエスカに水を向けたということになる。

 ミヤルデはしかし、エスカがここまで食いついてくるとは、さすがに思っていなかった。

 身を乗り出して目を大きく見開き、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように顔を輝かせて自分の話を聞いているエスカに、ミヤルデはともすれば自分の考えが浅はかすぎるのではないかと軽く自信を喪失する場面が幾度もあったが、そのたびに唇を横一文字に結び、小さな深呼吸をして、なんとか最後まで自説をしゃべり終わった。


「やっぱり面白いかもしれねえな」

 ミヤルデが軽く一礼し、話は以上だと言った後、エスカはそうつぶやいた。

 それまで食い入るようにミヤルデを見つめて話を聞いていたエスカは、ようやく視線をアキラへと向けた。

 ミヤルデの話の間、何度となくアキラが口を挟みそうになるのを、そのたびにエスカは手で制していたのだが、全ての話が終わるとそのアキラの意見をエスカは最初に求めた。


「まず誤解を解いておいた方がいいだろうな。それとも俺が知らないだけか? いつ女性不信とやらになったんだ?」

「そりゃあ、リリがミーヤにそういうホラを吹いた瞬間にそうなったんだろうな」

 ミヤルデはそのやりとりを聞いてため息をついた。

 あきれたわけではなく、ほっとしたからだ。もとよりリンゼルリッヒが針小棒大に表現していたのはわかってはいたが、確証は欲しかった。

「そんな事より、そもそも国王陛下の意向を伺うのが先じゃないか?」

 アキラの言うとおりだとエスカは頷いた。それを受けて、一同の視線がいっせいにライサ=リザレーの父親に集まった。


「フラウト王国としては問題ありませんが、あの子の父親としては、あの子がそれで幸せになるかどうかが気がかりですな」

「ふむ。もっともな話だな」

 エスカはそう言うと腕組みをした。

 それを見たミヤルデは「その時」が来たと判断した。

「それは本人にお尋ねになればよろしいのでは?」

 エスカはミヤルデのその言葉にニヤリとした。

「居るのか?」

「ええ」

 ミヤルデは当然だという風ににっこりとエスカに微笑みかけた。

「扉のそばに。本人からも是非言いたいことがあるそうです」

「そいつは是非聞いてみたいな。ここまで連れてきた事に関しては今回だけおとがめなしって事にしといてやろう」

 ミヤルデは大げさに頭を下げてみせると、ライサ=リザレーの名を呼んだ。

 扉の外で待ちくたびれていたのであろう第三王女は、その声を聞くと、ほとんど間を開けずに部屋の扉を音を立てて開き、その背筋を伸ばした美しい立ち姿を皆に披露した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る