第三十八話 ミヤルデの謀反 4/6

 アキラは顔色一つ変えずにピシャリとそう言うと、そばに戻ってきた女将校に視線を向けた。

「おまえはどう思う、ミーヤ?」

 髪を短く切ったミヤルデ・ブライトリングは、数秒間を置くと、まじめくさった顔でとんでもないことを口にした。

「将軍はとりあえず女を作るべきだと思います」

 その発言には尋ねた本人であるアキラも絶句した。もちろん、その部屋にいた全員が言葉を失ったのは言うまでも無い。

「閨(ねや)に女の一人でもいれば、このような場であのような女々しい事を口にすることもなくなるでしょう。全くいい年をした、それも軍を率いて戦争を仕掛けようとしている男が、毎晩毎晩ワインの空き瓶と添い寝とは、なかなかの笑いものではありませんか?」

「ミーヤ……」

 アキラは堪(たま)らず声をかけようとしたが、ミヤルデはそれを無視し、今度はリムル二世に視線を移した。


「恐れながら、陛下」

「な、なんだ?」

 強い調子で名指しされたリムル二世は思わず一歩退いた。

「末(すえ)の王女様……ヒナティーダ=ユーレー様、でしたね。少々跳ねっ返りなところがあるようですが、お若いですし、将軍にはぴったりかと」

「ヒーレーはまだ十三歳だ!」

 リムル二世はミヤルデをにらみつけると、うなるようにそう言った。

「将軍なら大丈夫。その年頃の少女が大好物のはず」

「大丈夫じゃねえ! っつうか、大好物って何だ?」

「あら? 英雄色を好むと申しまして……」

「待て待て待て。何を言ってるんだ? ってか、何を考えてるんだ、お前?」

「まあ、冗談はさておき、本命はその上のライサ=リザレー様です。成人されていますし、このご時世、ドライアドのつまらない貴族の次男坊あたりに嫁がせるよりは余程実のある話だと思いますが?」

「いや……いやいや、ミヤルデ」

 リムル二世のにらみに一切ひるむどころか、眉を吊り上げそれ以上の形相でフラウトの国王をにらみつけるミヤルデに、アキラがたまりかねた声をかけた。


「ライサ=リザレー様が来週にもロッキン子爵家に輿入れする事はもう決定事項なんだぞ? 何を血迷ったことを言ってるんだ?」

 だがミヤルデはアキラが肩にかけた手を振り払うと、リムル二世に一歩詰め寄った。

「ミ、ミヤルデ?」

「陛下は、ライレー……いえ、ライサ=リザレー様のお気持ちをご存じですか?」

「気持ちだと?」

「政略結婚大いに結構。国王たるもの、王女の結婚相手を勝手に決めて何の悪いことがありましょうや? ならばこんなご時世に娘が自分のやりたいようにしても、何の悪いことがありましょう?」

 ミヤルデはそう言うとようやくアキラを振り返り、目を伏せて頭を下げた。


 単なる副官であった頃のミヤルデがこういった独断的な行動をとることは極めて異例であった。むしろもう一人の副官であるセージ・リョウガ・エリギュラスがアキラの指示もなく勝手な行動をとる事に対して厳しく叱責をするのが主な役目と言えたほどなのだ。しかし、今回の言動はセージの独断行動とその重要性で全くもって比べものにならなかった。そもそも言っている事に論理的な筋がない。

 だがミヤルデはもうかつての「ただの副官」ではなかった。その事がミヤルデの中に何かの変革を起こしたのは間違いないが、突然言い出した事についての真意がわからないアキラは、困惑を隠しきれずにエスカの表情をうかがった。

 そこには先ほどのあっけにとられた顔はもうなかった。それどころか一変して、喜色満面であった。


「面白え!」

「え?」

「その話、もう少し詳しく教えてくれ」

 アキラはミヤルデだけでなく、エスカの真意をもはかりかねた。いきおい視線はその場にいたほかの人物……リンゼルリッヒとリムル二世に向いたが、そこにはアキラと同じような困惑に彩られた顔が二つあっただけであった。

 しかしアキラはその時、厳しく口を結んでいたミヤルデがエスカの問いかけに唇の端を持ち上げるのを見つけた。そしてアキラはミヤルデのその笑いの意味を知っていた。

 ミヤルデは、自分の計画通りに事が運ぶ事が決まったとき、この笑いを浮かべる。もともと感情を隠せない性分なのであろう。平静を保とうとしつつも無意識に笑いが出るのを押さえきれないのだ。

「セージの姿が見えねえと思ってたら、お前の企みに一枚噛んでるって事だな?」

 エスカは続けてミヤルデに質問を投げた。表情は相変わらずご機嫌だ。

「どういう事でしょうか?」

 おそらくその場で最も困惑していると思われるリムル二世が、二人の会話に割って入ったのは無理からぬ事であろう。


 ミヤルデは王宮で生活している中で、リムル二世の第三王女であるライサ=リザレー・フラウトと懇意になっていた。

 ライレーことライサ=リザレーはヒーレーことヒナティーダ=ユーレーの三つ上の十六歳で、成人を迎えた適齢期の王女として政略のためにドライアドの貴族の元へ嫁ぐことになっていたのは、ミヤルデの説明の通りである。

 フラウト王国は軍備もそうだが、ドライアドとの関係を重視することにより、外交については安定した国である。

 ドライアドというものの、実のところはペトルウシュカ家との関係が深い事については公にはされていない。言い換えるならばその隠れ蓑として、別の貴族との関係を築く行動をとっておくことが重要であったのだ。

 その為、王女のみならず家督を継ぐ予定の嫡子以外の子供は、積極的にドライアドの有力者とつながりを付けるために「使われて」いたのである。

 フラウト王国自体がペトルウシュカ家の道具という見方もあり、つまりはペトルウシュカ公爵家の為にライサ=リザレーは不本意な婚儀を迫られていたという、要するにこの時代においてはよくある、つまりは取るに足らない小さな悲劇の一つであったというだけの話である。いや、悲劇かどうかを決めつけるのは早計ではあるが。


 ミヤルデとて単にそんな話を聞かされただけであれば、ライサ=リザレーに同情こそすれ、その親、すなわち小国とはいえ一国の元首をにらみ据えて異を唱えるなどという行動はとらないはずである。

 つまりそこにはミヤルデなりの計算があったのだ。

 そしてさらに、ライサ=リザレーの思惑も見え隠れする。

 当時の資料を漁った研究者によると、ライサ=リザレーには特に意中の人物が存在していたわけではないと言う。むしろ政略結婚については積極的であった事が本人だけでなく、近しい人々の日記から読み取れるのだ。

 つまり、リムル二世としては寝耳に水のような話であったろう。婚儀が間近に迫り、あとは無事にドライアドに到着するだけ、という段になっていきなりそんな異議申し立てをされてはたまったものではないだろう。

 しかし、時を見るに長けた第三王女からすれば、それは突然でもなんでもない、計算尽くの行動であった。

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