第三十四話 邂逅の予感 4/4

「姉さん?」

 二人の様子を呆然と眺めていたカノナールがエコーに声をかけたが、もちろんエコーは首を振った。

「状況説明を求めないように」

「だよね。でもなんでここに?」

 エコーはニーム達が部屋でこうして居る経緯をかいつまんで話した。もちろんカノナールにしてみればそれで謎がすっきりしたわけではなかった。ただ「人の形をした精霊」だと思っていた少女が、実は正教会の大賢者らしいと知ってむしろ驚きは強まった。

「子供じゃないんだ」

「見たわね?」

「不可抗力だろ。あんな透け透けな」

「それ以上言うな!」

 エコーはカノナールをにらみ付けると、その言葉を途中でピシャリと制した。

「はい……」

「まあ、成人しているって自分で言ってたからね。私もびっくりしたわ」

「婚儀もしてるって」

「見た目はあんな可愛らしい子供なのに、もうだんなさんが居るんだね」


 狭い部屋である。カノナールとエコーの声は当然ニーム達にも届いていた。

「ばか、今その話はするな!」

 シーレンがエコー達を咎めた。同時にニームの泣き声がひときわ大きくなった。

「ああ、ほら、言わんこっちゃない」

 そう言われても抗議の意味がわからないエコーとカノナールは顔を見合わせるばかりであった。

「ほらほら、人前だぞ? そんなにずっと泣いてたら『私は成人だ〜』とか威張っても誰も信じないぞ? 『余は大賢者だ〜』なんて言ってもみんな鼻で笑うぞ? もしくはかわいそうな子どもだなあっていう顔をするぞ? ほら、現にそこの二人も『早く出てってくれないかな〜』とか『めんどくさいガキだな〜』なんてあきれてるぞ?」

「い、いえ。全然そんなこと思ってませんから」

 エコーは慌てて我が身の潔白を主張した。

「だからダイジョブです」

 そして思わず呂律がおかしくなった。

「いや、こっちが大丈夫ではないんだ」

「私たちは全然かまいませんから。気の済むまで泣いてもらっても。ほら、子供って下手に泣くなって言うより、気の済むまで泣かせてあげる方がいいって言うし……」

 これはカノナールだった。

 カノナールはエコーと顔を見合わせながらお互いにうなずく。

 だがシーレンは苦虫を噛みつぶしたような顔で目を伏せた。

「だからこいつは本人が言ったとおりこう見えて成人だ。子供じゃない」

「あ」

「ファランドールに四人しか居ないと言われているマーリン正教会の大賢者の一人だというのも本当だ。さらに言えば……」

 シーレンはそこで声を潜めた。

「婚儀を済ませているのも事実だ。泣いているのはそっち方面の問題だ」

「ああ」

 シーレンの言葉に、エコーが納得したような顔をした。

「いや、お前が思っているような理由ではない」

「え? 会えないから寂しくて泣いてるんじゃないんですか?」

 エコーの言葉にシーレンが驚いたような顔をした。

「わかるのか?」

 エコーはうなずいた。

「ウチはほら、芸能一座ですから」

「芸能一座だとそういう事がわかるのか?」

「ああ、身分の高い方はご存じないかもしれませんが、こうやって旅をしている芸能一座っていうのはウチもそうなんですけど、たいがいみんな訳ありでして……」

 エコーはそう言うとちらりとカノナールに目をやったが、すぐにシーレンに向き直った。

「要するに戦争とかそういうので小さい頃に親と死に別れたような連中ばっかりで。だから寂しくて泣いているのとそうじゃない理由で泣いているのとの違いくらいはわかっちゃうんですよ」

「いや、姉さん。この場合は話の流れから旦那さんに会いたくて寂しがっているんだろうなーというのは誰でもわかるって」

「え? そうかなあ」

「そうだって」

 カノナールはあきれたように姉の解説に横やりを入れた。

「そうか。言われてみればそうかもしれない。わからないのは原因であって、現象から帰納的に感情を推測することは確かにたやすいかもしれない」

 シーレンが独り言のようにぶつぶつとそう言い始めた時になって、ようやくニームの泣き声がやんだ。

「シーレン……」

「何だ? 遠慮せずに言ってみろ」

「おなかが減った……」

「やれやれ」

 シーレンは深いため息をつくと、改めてエコーとカノナールに向き直り、軽く会釈をした。

「とりあえず我々のことは他言無用で願いたい。じゃまをした」

「ま、待て」

 シーレンがそう言ってニームを抱いたまま動き出そうとしたが、ニームが抗った。

「どうした?」

「帰る前に、この二人に尋ねたいことがある」

 ニームはそう言うと袖で顔をぬぐうと、腫れぼったい顔をエコー達に向けた。

「我々は人を探してここ、ピクサリアへ来た」

「人……ですか?」

 ニームはうなずくと真っ赤に充血した目でシーレンをちらりと見やった。

 シーレンはこの朝何度目かの大きなため息をついた。

「いいだろう。この二人は口が堅そうだ」

 そう言って二人をじろりと見るシーレンに、エコーとカノナールは無言でうなずいた。

「厳守してもらうと助かる。他言すればどうなるのかと言って脅す手間が省けるからな」

「えええ?」

「冗談だ。いや、冗談ではないが、まあ気にするな」

 エコーとカノナールは顔を見合わせた。それもこの朝何度目になるのかわからない行為と言えた。

「我々が探している人間は種族、年齢、男女の別、人数、髪や瞳の色、背格好など、一切不明だ」

 探し人の説明はシーレンがおこなった。

「エルミナ付近……ここもその範囲になるが、開戦前くらいからこっち変わった人間を見なかったか?」

「変わった人間?」

 ニームはうなずいた。

「この付近でその人間の気配を感じるのだ。ただ、現れたり消えたりで、感知外に居ることの方が多い。有り体に言えばその者は普段はあらゆるルーンを遮断する結界内にいて、何らかの必要性が生じるとその結界から出て、この辺りに出没するようなのだ」

 またもやエコーとカノナールは顔を見合わせた。

「カノン、あんた心当たりある?」

「うーん、私はあんまり外に出ないし」

「そうだねえ。私たちもピクサリアには来たばかりだし……あ!」

 何かを思い出したようにエコーの目が大きく開いた。

 シーレンとニームは思わず身を乗り出す。

「そういえば聞いた話なんですが、最近エルミナやピクサリアにモテアの女の子が居るって言ってました」

 今度はシーレンとニームが顔を見合わせる番だった。

「モテアって……」

「まさかアルヴっぽい背の高い若い女か? 背中にこう、長い物を背負ってる」

「背中の長い物はしりませんが、一見アルヴ風の美人で、耳と目はデュナンだっていってましたからデュアルだそうです。なんでも今回のピクサリア演芸会をこれだけ大規模にする為に大金を使っているお金持ちだって言う噂です」

「スノウか……」

「スノウだな」

 二人は同時に肩を落とした。

「シーレン。お前の主とやらはここで何をするつもりだ?」

「私に聞くな。連絡など取っていない事くらい知っているだろう?」

「演芸好きだというのは噂で聞いているが……自国で横やりが入ったからウンディーネでやろうという腹なのか?」

「そんな平和な話だとむしろ嬉しいんだがな」

「同じ目的、ではあるまいな」

「断言はできないが、それはないだろう。あの方がお前の母親の所在に興味があるとは思えん」

「その言い方にはムッとするが、まあそうであろうな」

 難しい顔で会話を始めた二人にエコーが声をかけた。

「あ、あのう……」

「ああ、すまん」

 話の途中だったことに気付いたシーレンがそう言って頭を掻いた。

「我々が探しているのはモテアのデュアルではない」

「えっと、その、お知り合いなんですか?」

 ニームはうなずいた。

「世間は狭い、という事だな」

「その人も賢者さまなのでしょうか?」

「いや、ただのぼうっとした娘だ。ご主人様のいいなりで動いているだけだろう」

「ご主人様?」

「それはエコーが知る必要はない。いや、むしろスノウの事は忘れろ。そして絶対に関わるな」

「スノウ、という名前ですか」

「だから忘れろと言っている」

「いや、でも聞いちゃったし」

「ならばルーンで記憶を消してやろうか?」

 ニームがそう言って真顔で手を横にあげたものだから、シーレンが慌てて反応した。それはニームが精杖セ=レステを呼び出す時の仕草だからだ。

「バカ、やめろ」

「バカとはなんだ」

「バカにバカと言って何が悪い?」

「バカにバカと言っても意味が無いだろう?」

「確かにな。それには同意する」

「誰のことを言っている?」

「お前の事だろう?」

「何を言ってる? お前の主の事に決まっている」

「どうやったらそう言う話になるんだ? ニーム、お前は本当にバカなのか?」

「そう思うという事は、今までは本当にはバカではないと思っていたという事だな?」

「え? あれ?」

「バカでないと思っている私に対してバカと言うのなら、バカはお前という事になる」

「いや、なぜそうなる!」

「まあまあ、お二人ともケンカはその辺で」


 エコーは二人の関係についてだいたい理解してきていた。

 ケンカという言葉は使ったが、ケンカではなく二人にとってはそれは日常の会話なのであろう。端から見ているとはらはらするような憎まれ口の応酬も、二人にとっては普通のやりとりに違いない。

 むしろ言いたい事をそのままぶつけ合っているという点で二人の仲は相当に良いのはもう間違いの無いところであろう。

 問題は、会話に熱が入ると二人とも周りの事が目に入らなくなってしまうという事だと思われた。

 二人の関係や立ち位置がエコーにはもう一つわからなかったが、それでも主人と従者、あるいは上と下という関係ではないことは明らかであった。


「変わった事かどうかわかりませんが、もう一つ思い出しました」

 エコーは二人が自分に顔を向けるのを待って、ゆっくりと続きを話し出した。

「いつからかはよくわかりませんが、エルミナに瞳髪黒色のデュナンの娘さんが住んでいるらしいという噂をきいたのですが……これも違いますか?」

「瞳髪黒色だと? 確かか?」

「スノウの髪もたいがい珍しいが、瞳髪黒色はそれに輪を掛けて珍しいな。まさかダーク・アルヴの見間違いではあるまいな?」

 エコーの情報はニーム達の興味を引いたようだった。

「私が見たわけじゃないんで、確かなことはわかりません。でも『瞳髪黒色のデュナン』と言うくらいですから、ダーク・アルヴではないと思います。フード付きのマントで髪を隠しているそうなんですが、何かの拍子に黒髪が見えた人という人がけっこういるそうです。それから」

「それから?」

「いつも剣を腰に下げたデュナンの若者が隣にいるとか。あとは背筋が氷るほど奇麗な顔立ちだとか、なぜか額に黒い布を巻いているとか、そんな噂なんですけど」

 そこまでエコーが話した時、不意に背後で声がした。

 もちろん、その部屋にいる四人以外の、エコーにとっては未知の声であった。


「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうかしら?」

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