第三十四話 邂逅の予感 2/4

 アキラからアプリリアージェとベックの待避場所を聞き出したエイルは、遅れてやってきたセージ・リョウガ・エリギュラスと合流して二人の身柄を確保した。有り体に言えばアキラ側から保護権を奪ったような形である。放っておけばベックはともかくアプリリアージェはそのままアキラが連れ去る事は間違いない。さすがにそれだけは避けたかった。

 アキラはエイルとエルデがアプリリアージェの治療後、自分たちの屋敷で静養させる旨を聞いても小さくうなずいただけで異議は唱えなかった。それどころか自分達三人は、ウンディーネ共和国連邦の構成国の一つであるフラウト王国という、ドライアドではない陣営に所属するの軍人である事をエイル達に明かした。

 エイル達に近づいたのはエルネスティーネ王女の存在に気付いたフラウト陣営が、来るべき戦争に於いて風のエレメンタルに助力してもらえる可能性を探る為だと説明した。

 その上で、同時にドライアド王国のスプリガンの司令という地位にある事も告げた。それはすなわち、フラウト王国という弱小国家の人間が、ドライアド王国の中枢近くに入り込んでいたという国際的な規模の大きな問題と言えた。

 もっとも、エイルがそれを知ったからと言ってどうこうできるものではないし、そもそもそんな気は毛頭無かった。エイルとエルデはある意味で今まで「そういうもの」を超越したところで、ファランドールを歩いてきていたのだ。

 アキラはいったん別れた後、一行を追ってエルミナに訪れた理由も語った。

 だが自分の正体と立場を打ち明けるべき相手は既にこの世になく、それをは足せなかった無念を込めて。

 その後、アキラとエイルとの間に明示的な取り引きが存在したわけではないが、エイルとエルデはアプリリアージェの身柄を引き取り、互いに黙礼で別れることになった。


 アキラは別れ際にエイルに向かって何かを問いかけようとする態度を見せたが、結局言葉に出す事は無かった。

 その代わりにアキラはこう尋ねた。

「お前はこの先どうするつもりだ?」

 エルデではなく、エイルにアキラは尋ねた。

 エイルはしばらく逡巡した後で答えた。

「誰にも関わらない。それがオレ達のやり方だった」

「『だった』か。なるほど。でもお前達はもう関わりすぎている」

 エイルはうなずいた。

「だからオレ達は責任を取らなくちゃならない」

 アキラはエイルの言葉に目を細めた。

「戦うのか?」

 エイルは首を横に振った。

「オレは……オレ達は誰かに復讐をしたいわけじゃない」

「戦争は復讐ではないがな。もっとも構成要因である場合も多い」

「争いに巻き込まないで欲しいって言ってるんだ」

 アキラはエイルの言葉を聞くと寂しげな表情で目を伏せた。

「個人の思いが通じない。それどころか踏みにじられる。それが戦争だ」

「あなたも……踏みにじるのか?」

「もちろんだ。私は軍人だ。必要であればそれもいとわない」

「オレは踏みにじられたくない……それが答えです」

 アキラはわかったという風にうなずくと、エイルに軍隊式の敬礼をした。

「私は……いや俺はお前達と戦いたくはない。できれば共にフラウトに行き、俺が戴く『王』に会って話を聞いて欲しい。それが軍人エウテルペではなく、アキラという俺個人の思いだ」

「その話はもう断ったはずです」

「わかっているさ。それだけ俺に未練があるということだ。小さな国だが、気が向いたらいつでも尋ねてくれ。それは俺だけでなく我が『王』の願いでもある」

「光栄です……と言うべきなんでしょうか?」

「見ず知らずの人間に無条件に敬意を感じる必要などは無い。おそらくあの方も同じ事を言うだろう」

「あなたの王様の名前を聞いてもいいですか?」

「名か?」

 アキラは少し躊躇する様子を見せた。

 エイルはアキラの言う『王』がフラウト国王だと思い込んでいる。ファランドールの政治情勢にたいした知識もないエイルにとって、アキラの話を聞いていれば思うのも無理はない。だが、もちろんアキラはフラウト王を自らの「王」と呼んでいるわけではないのだ。

 アキラは側に控えているミヤルデとセージに顔を向けた。

 ミヤルデは傷を完璧に修復され意識を回復した後は、血だらけの軍服から私服に着替えて何事もなかったかのようにアキラの側でセージ同様補佐官として動いていた。

 そのミヤルデが言った。

「この方が相手ならば、私はアキラ様の判断で良いと思います」

 補佐官ではあるが、言葉遣いは上官に対するものではなく、アキラの助言者としてのそれである。アキラがそれを望み、ミヤルデは努めて部下としての言葉遣いを使わぬようにしていた。

「私も奥方に同感です」

 セージも同意した。気が利く彼らしく、敢えてミヤルデを副官や補佐官としてではなく、アキラの「伴侶」として扱うような言動をとるようにしていた。もちろんそれがアキラの望みだからだ。

 ミヤルデ自身は自分の位置があやふやに思えて居心地が悪い事この上なかった。だが、それもこれも上官命令だと言われてはどうしようもなかったのだ。


 アキラは小さくうなずくとエイルに向き合った。

「我々が動き出すまでは君たちの胸の中に留めておいて欲しいのだが」

 エイルはうなずいた。彼にはそれを言いふらす必然性がない。口止めされるという事は、それなりの意味がある事もわかる。アキラが言い淀む程度の重要な事柄であることも。

「我が王の名はエスカ・ペトルウシュカ。エスタリア領主にしてドライアド王国の将軍でもある」

 エイルはもちろんエスカの名は知らない。だがドライアド王国の将軍という肩書きを聞いて驚いた。

「そういう事だ」

 アキラは自分と同じ立場の人間だと言いたかったのだろう。

「フラウト王国っていうのは?」

「もちろん国王は別にいる。ペトルウシュカ公爵家の遠縁と言えば想像がつくだろう? リムル二世陛下には以前よりフラウトを我が王の足がかりとすべく動いてもらっていた」

 おぼろげながら、エイルにもアキラ達がやろうとしている事の輪郭が見えた気がした。だがその事について言うべき言葉は何もなかった。ただ、アキラ達が世界を本気で覆そうとしている事だけは伝わってきた。

 エルデであれば、そしてアプリリアージェであれば、今明かされた人物の名とアキラが告げた情報を元により正確な思惑や戦略を読み解くことが可能であろう。エイルはそれを聞きたいと思った。それはアキラという人物を寄り深く知ることになり、ひいてはアキラが王と戴くエスカ・ペトルウシュカという人物の目指すところを知る事ができるかもしれない。つまり、それを知りたいと思ったのである。


「今の話は、その……」

「かまわんよ。エイル、君が信じる人には伝えてもいい。もともとユグセル公爵には我が王の招待を伝えるつもりだった。ここに戻った目的はそれもある。だが……」

 エイルはうなずいた。

「わかりました。二人以外にはしゃべりません。エルデも俺と同じでしょう」

 エイルは病室でファーンとともにアプリリアージェにつききりになっているエルデの顔を思い浮かべながらそう答えた。

 エイルの答えにアキラだけでなく二人の副官も同時にうなずいた。

「では我々はこれで。挨拶ができるような状況ではなく、その立場にもないが、エルデとファーンには感謝してもしきれない。それだけは伝えておいて欲しい」

 アキラがチラリと側の副官を見てそう言うと、ミヤルデは慌てて深いお辞儀をした。

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