第三十三話 混迷する大戦 3/5

 ただでさえ軍備や兵の数で圧倒的に勝っていると言われていたドライアドである。その相対的に劣る軍事力がさらに分割され、あまつさえ互いに消耗しているのであるから、ドライアドとしてはイエナ三世に譲歩する理由は見つからない。便宜上であろうが名目上であろうが、あくまでも正義に則った戦いをする限り、ドライアド王国は歴史に対しても自らが正当な支配者たり得ると胸を張れるのである。

 サラマンダ王国やシルフィード王国を支配する際に、その国民に対してそれは重要な「後ろ盾」あるいは「理由」となるからだ。

 つまり、五大老……ドライアド側には停戦をする必然性などないのである。

 ドライアド王国にとってただ一つの懸念は、シルフィードの内紛が実は「偽装」である事だが、そもそもサミュエルはドライアドの上層部と通じている事は状況証拠を見れば間違いない。つまり偽装内紛の恐れはないのだ。

 とはいいつつも計算外だったのは、ノッダ政府軍が思ったよりも浮き足だった動きを見せないことであった。ノッダ側は完全に後手に回ったものと思われていたが、それでもドライアド軍の油断に乗じて、補給線を含むある程度の橋頭堡を、サラマンダ大陸のいくつかの場所に於いて構築することができていたのだ。


 当たり前ではあるが、ノッダにいるイエナ三世陣営としても、停戦の呼びかけに対してドライアド王国が間違っても応じる事は無いと考えていたはずである。

 それでもアルヴの国を標榜するシルフィード王国としては、たとえ戦争であっても国家として整然とした筋道を作っておこうと考えていたのである。ドライアド王国とはまた違う価値観で「正義」が必要な国家であった。

 そしてそれはむしろ決戦やむなし、というイエナ三世、いやアルヴの国の決意表明のようなものと考えてもいいだろう。

 こうして最初の停戦要請は筋書き通り物別れに終わり、戦闘はそのまま続くことになった。


 次に同じシルフィードの、旧首都エッダ陣営、すなわちサミュエル・ミドオーバ側に立って眺めてみよう。

 大戦を見越して周到な準備をしていたのはドライアド王国だけではない。

 一連の動きを見れば明らかなとおり、サミュエル・ミドオーバもまた同様であった。

 ただし「その時」を待つばかりであったドライアドとは違い、サミュエルの計画は準備の最終段階で大きな狂いが生じた。

 いや「狂い」と呼べる程小さなものではない。完全に掌握下に置いたはずのイエナ三世が離反行動を起こした事で、計画は大崩れしていたのである。


 しかしそれまでの準備が決して無駄になったわけではない。

 サミュエルの思惑としては多少の反乱分子が生じたとしても、イエナ三世を傀儡とする事で、実質的には王国全体を支配下に置けるはずだったのだ。それがまず覆った。

 とは言え戦力的にはそれでもサミュエル側が圧倒的に有利であった。その一例はルーナーを支配下に置いていた事である。シルフィード王国に存在するほとんどの高位ルーナーは彼の手にあったからである。

 ただでさえルーナー輩出率の低いアルヴ族によって構成されているシルフィード王国である。ルーナー、特に高位ルーナーであるバードは貴重な戦力であった。

 サミュエルはバード長の立場を利用し、以前からシルフィード王国内に住む一定以上の力を持つルーナーをほぼ掌握していたといっていい。

 高位の者は当然ながらバードとして取り立て、それ以外の者も勧誘した後、巧妙に自らの直轄である近衛軍の傘下に配置した。


 言い換えればこれは、ノッダ側には高位ルーナーがほとんど居なかったという事を意味する。

 ただでさえその存在がどんどん減少していたルーナー、しかもアルヴ族にはルーナーの資質を持つ者が少ないとあっては、ノッダ政府が新たにルーナーを確保できる可能性は無かった。

 つまりサミュエルとしては、ノッダを責めるについては武力に頼らずとも得意のルーナー戦を仕掛ければよいだけという戦略が立てられるのである。


 サミュエルは又、本人が一方的に政敵とみる存在の排除にも成功していたと言える。

 マーリンに与えられたその使命を全うする、という大義名分を思う存分利用した彼は、国王すら抱き込んで風のエレメンタルであるエルネスティーネを隠密裏に野に解放することで第一王位継承者を無防備な状況に追い込むことに成功していた。

 王女エルネスティーネは「マーリンの座」があるサラマンダ大陸に渡り、思惑通りであればそこで「封じる」はずであった。

 当初は「万が一の場合」に備え、命までは奪わず、国外でその身柄を確保しておく事がサミュエルの計画であった。

 その為に用意した道具と言えるものが「ザルカバードの庵」であり、計画を有機的につなぐためのきっかけが「ザルカバード文書」であった。

 彼が作った偽物の庵は、簡単に言えば事を起こした時に間違いなく脅威となる存在、陣営には属さぬ国王直轄部隊のル=キリアを抹殺する為の壮大な罠である。

 その副次的効果として風のエレメンタルを捉えようとしたのである。

 一定以上の力を有する風の属性を持つフェアリーにだけ反応する精霊陣を仕掛ける事で、ル=キリアとエルネスティーネ以外には何の役にも立たず、意味の無い場所となるわけである。

 もちろん全ての庵はファランドールでも指折りのルーナーとされるサミュエルの手になるものである。そこに陣が張られている事を見抜ける人間はそうそう居ないと思われ、罠としてはまさに完璧に近いものであったろう。

 その強力な精霊陣は、遠隔操作により侵入者を識別し、必要であれば抹殺する事ができたとされる。

 現存してはいない精霊陣の仕組みを詳細に解説することなど不可能であるが、ルーン研究者によれば、陣には少なくとも二つの空間を直結する機能は含まれていたのであろうと言われている。

 推測によると、何者かの侵入を感知した陣は、それをエッダのどこかに存在したであろうとされる場所にいるバード達に合図を送る。それを受けたバード達は、庵の精霊陣を通してその場にいる人間を拘束するルーンを発動する事が出来たに違いない。

 もしくは陣に感応する人間の侵入を受けた時点で自動的に拘束ルーンがかかる仕組みであったのかも知れない。

 だがおそらくは前者であろう。

 どういう状況で侵入しているのかを確認した後で、適切な対処を行う方が明らかに効率的であり、確実であるからだ。

 そしてそれは拘束であっていきなり殺傷に及ぶことも無いと推測できる。なぜなら目的の一つはエルネスティーネの確保なのだから、殺害してしまっては意味が無いのだ。拘束し、エルネスティーネ以外の邪魔者、おそらくル=キリアを全員抹殺するという手順が踏まれたに違いない。

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