第十九話 拒絶する者 3/3
「それがわかってて、同じ時間に同じテーブルで食事をするように命令してるのか?」
そう。
アプリリアージェはそこまでわかっているのに敢えて「辛い場」を作っているのだ。
「あら、そろそろあなたも私の性格はそうとう悪いという事に気づいているのかと思っていたのですが」
笑顔のままでさらりとそう言う黒髪のダーク・アルヴに、ベックは改めて底の知れない恐怖を感じた。
文字通り性格が悪くてそうしているのではない。
ベックにもそれはわかる。
「言っておきますが」
そんなベックにアプリリアージェはワインを飲みながら語りかけた。
「買いかぶらないで下さい。私は確信があってそうしているわけではありません。ただ、面白いか面白くないかを考えてそうしただけです。だってあのままエルデが部屋に閉じこもり切りになったら、きっと誰も面白くない。そう思いませんか?」
最後の疑問は自分に対するものなのか、それともその場にいる別の誰かに向けたものか、その判断はベックにはできなかった。
ただ、アプリリアージェの顔が、あからさまにある人物に向かって動いたのは確かだった。
そこに居るのはエルネスティーネで、でも残念ながら彼女は背中を向けたままで、何も答えなかった。
歩きながらベックはそんな事を思い出していた。そして意を決したように小さな深呼吸をすると、先頭を歩くエルデに声をかけた。
事前に場所の確認はされていたし、当座必要と思われるものは既に一覧にしてあった。その他については全員にとって未知の場所であるイオス指定の館に到着してから再調整した後、現地であるエルミナで早急に手配する心づもりでいた。
つまりはベックがエルデに声をかけたのはそんな業務連絡や事務的な確認の為ではなく、ただ話をしたかったからだ。こうやって皆で移動している時に、エルデの声がしないのが嫌だったのだ。
「その、三聖様のお屋敷っていうのはやっぱり大勢の賢者様が警護にあたってたりするんだよな?」
後ろから声をかけられたエルデは声の主であるベックを振り返った。
だがその顔はあからさまに不機嫌だった。
ベックは思わずたじろいだが、そこで口をつぐんでいてはエイルと同じだと思い、自分を奮い立たせるかのようにいっそう声を大きくして続けた。
「いやあ、ホレ、エルデが行くとどれだけ歓待されるのかな、なーんて思ってそわそわして……」
しかしベックは最後までしゃべらせてもらえなかった。
いったん立ち止まったエルデは、あっと言う間にベックに近づくと、その胸ぐらを掴み、そのまま空中に持ち上げたのだ。しかも片手で。
突然の出来事に全員の足が止まった。
「お前はバカか?」
空中に吊り上げたベックに、エルデは低い声でそう言った。
「凄腕調達屋が聞いて呆れる。お前は何の為に存在感を消すルーンをかけてもらったと思っている?」
それだけ言い捨てると、そのままベックをおろした。
「イオスの館の事など余が知るか。着けばわかる事をいちいち聞くな」
言葉を失って立ち尽くすベックに、エルデはそれだけ言うと、きびすを返して歩き出した。
エルデの言うとおりであった。
桟橋に下りた時点で、エルデは全員にルーンをかけていたのだ。
だがベックはそのエルデとエイルの事に考えを巡らせていて、その事は意識の外に置かれていたのである。
呆然としているベックの肩を、ファルケンハインがポンっと叩いた。
「良かったな」
「え?」
「ちゃんとかまってもらえたじゃないか。しかもあれは結構な大盤振る舞いじゃないか? 少なくとも俺はそう思う」
「あ……」
確かにそうだった。
あの場合、エルデはただ「着くまで黙っていろ」と言えば事足りた。もしくは無視を決め込んでも良かったのだ。そうすれば後続の誰かが注意していただろう。
だがエルデは振り返ってわざわざベックを自ら吊り上げてみせた。そして南方語ではあるが、充分長いと思える「お説教」までしたのである。 「静かにしろ」の一言で済むはずなのだから。
ファルケンハインは「かまってもらえた」という表現を使ったが、ベックにはそれは二つの意味があると思えた。
もちろんベックの投げた言葉に対して反応してもらえた事もそうだが、あれは今までと同じように皆と接触をしたいというエルデの気持ちがそうさせた行動だったのではないか。
少し前のエルデならば、あの独特の古語で同じような憎まれ口を叩いたに違いない。自分の力を見せつけるように吊り上げる事はなかっただろうが、それは今のエルデがムリヤリ人との違いを見せつけようとしたからだろう。
今まで通りの関係でいたい。でもそれはもうできない。だから自分から距離を置くべくあきらかに不必要な馬鹿げた行動を無理矢理してみせる……。
それはまるで……
(まるで子供じゃないか)
「あの子もきっともてあましてるんですよ」
ベックの心の中を読み取ったかのようにアプリリアージェが言う。
気付けば小柄なダーク・アルヴがベックの横にいた。
「だから私達は腫れ物に触るような態度でいる必要はありません。彼女が過剰な反応をしようと、黙りを決め込もうと、いつも通りを心がけていればいいんですよ。だからあなたは館に着いたら怒るべきです。『さっきのあれはやり過ぎだろ、バカヤロー』ってね」
アプリリアージェは、そう言ってにっこりと笑った。
「あ、先に断っておきますが、そう言ってどんな結果になっても私は手助けはしません。ですから自己責任でお願いしますね」
「え? それはないだろ?」
「嫌ですよ。だってあんな馬鹿力で逆上されでもしたら、命がいくつあっても足りないじゃないですか」
「うっ」
ベックは思わず首筋に手をやった。
確かにどうしようもない力の差を感じたところだったからだ。
ベックは一つため息をつくと、低い声で言った。
「あんた……本当に嫌な人だな」
アプリリアージェはそれを聞くといっそうにこやかに笑いかけた。
「今のは褒め言葉ととっておきます」
小声でささやく程度であれば、存在感を無くすルーンのおかげで周りに声は漏れないようになっている。
その事を思い出したベックは、最後尾にいるエイル達が近づいてくるのを待った。
小声で嫌みを言ってやろうと思ったからだ。
「ネスティ、また林檎をちょろまかしただろ? とんでもないお姫様だな」
「人聞きが悪いですっ。あれはマナちゃんの非常食です」
「あんたのマーナートはどれだけ大食いなんだよ」
「半分はエイルに剥いて上げるのです」
「やっぱりちょろまかしじゃねえか」
「その言い方は心外です」
ひそひそ声の言い争いだが、少々離れていてもそれなりに内容は聞こえていた。
ベックは、視界の隅でエルデが振り返るのを認めた。
エルデはチラリとベックに視線を送ったものの、小さく肩をすくめると、すぐに顔をそむけた。
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