第十三話 開戦の報 1/3
アキラがもたらした開戦の情報は、当然ながら一行に衝撃をもたらした。
シルフィードとドライアドによる戦争は時間の問題だとされてはいた。だが実際に戦争が始まったとなると、様々な思いがそれぞれの胸に去来した。
エイル達三人がティアナの報を受けて広間に駆け込んだ時、情報提供者であるアキラとゾフィーを、ほかの全員が取り囲む形になっていた。
だが、質問攻めにあっているわけではなさそうだった。
エイルとエルデは顔を見合わせると、うなずき合った。それは「なるほど」というほどの軽い相互確認のようなものであったが、エルネスティーネは些細な二人の様子を見逃さなかった。そしてエイルに寄り添うように立つと、そっとその腕を抱いた。
エイルの意識はしかし、アプリリアージェとアキラに集中していてエルネスティーネの行動にまで注意はおよばなかった。
最初に統制をかけたのであろう。
質問を投げているのはアプリリアージェだけで、ほかの面々は何か言いたそうな顔をしていたが、一切口を挟んではいなかった。
エイルとエルデがうなずき合ったのは、つまりその事に対してであった。「なるほど」とは「さすがだな」という意味も含んでいたに違いない。
エイル達の登場を横目でチラリと見やっただけで、アプリリアージェはそのままアキラとのやりとりを続けた。
状況の推移をまとめると次の通りである。
星歴四〇二七年黒の一月二十九日、ドライアド王国がサラマンダ候国に対して宣戦布告。
理由はサラマンダ大陸内にあるドライアド領に対するサラマンダ軍の進軍行為に対し抗議したものの、サラマンダ軍はそれを無視。そのまま戦闘態勢に入ったが、その後も公式なドライアド王国からの停戦要請をサラマンダ政府が無視し続けた為。
続いて翌月、つまり白の一月一日、シルフィード王国政府がサラマンダ候国に対し宣戦布告。
理由はドライアドとほぼ同じ理由である。とは言えシルフィード王国はドライアド王国とは違い、サラマンダに領土を持っていない。すなわちサラマンダ候国内に駐留していたシルフィード軍からなる委嘱軍の拠点に対し、サラマンダ候国軍が同様に一方的に攻撃を開始してきたというものであった。
シルフィードの委嘱軍は自衛戦を行い防衛を続けたが、拠点を囲むサラマンダ軍により退路を断たれ、いくつかの部隊が全滅したため、長年禁忌としていた委嘱軍以外の、すなわちシルフィード王国の旗を掲げた軍隊による海外派兵をシルフィード政府が解除したというものだ。
アキラによるとシルフィードの宣戦布告に対してドライアド王国が抗議。
理由はもちろん共同統治しているサラマンダ候国に対し「シルフィード王国軍」として兵を向ける事はドライアド王国としては認められないというものである。
つまり状況だけを見れば、ドライアド側の言い分に正義があるととらえるべきであろう。国際的な情勢も同様で、新教会が既にドライアド側に立った調停を買って出ていると言う。
その日は白の一月三日であった。
ヴォールの町は当然ながら色めき立っていた。
とくにヴォールの場合、緊張感はその辺の街の比ではない。なぜならドライアドとシルフィードの両軍の駐屯地が存在している特殊な場所なのだ。
両国家はまだ互いに宣戦布告を行ってはいない。従っていきなり市街戦を始めるとは考えにくいが、とは言え一触即発の状況といって差し支えないだろう。
そして町は、徐々にその港湾機能に障害を来しつつあった。
アキラの説明の後、一通り質問を終えたアプリリアージェは、そのまま椅子に腰を掛けると目を伏せ、思索に入った。
それを見たファルケンハインが、ゆっくりと口を開いた。
アプリリアージェがそういう状態になるという事は「もういいぞ」という意味なのだ。彼はもちろんそれを熟知していた。
口は開いたが、改めて尋ねる事はさほど多くはなかった。
必要と思われる項目は全てアプリリアージェが質問済みだったからだ。
だがアキラがアプリリアージェの質問の全てに答えられたという意味ではない。アキラの持つ情報とて断片的なものだったからだ。
だからファルケンハインはまずは自分の感想を口にした。
「シルフィード軍が他国に軍を動かす際にドライアドに話を通さずに行うとは考えにくい」
それを聞いたティアナとエルネスティーネは同時にうなずいた。
「私も信じられない」
アキラもそれに同意した。
「情報がまだ少ない。そもそもシルフィード王国の突然の遷都からこっち、怒濤のように情勢が動いている。全てを把握している人間などいないかもしれないな」
そのシルフィードの遷都の情報ですら、彼らは数日前に耳にしたばかりである。
さしものアプリリアージェも、はじめは悪い冗談だと思っていた程、その情報は信じがたいものだったのだ。
イエナ三世とサミュエル・ミドオーバ近衛軍大元帥が王宮前広場でやりあった詳細な内容を伝えられるにいたり、ようやく腑に落ちたような具合である。
そこへ持ってきて、今度はシルフィードによる宣戦布告の情報である。
現状ではドライアドとシルフィードの直接対決にはなっていない。宣戦布告はどちらもサラマンダ候国に対してなされたものである。つまりティアナが言った「シルフィードとドライアドの戦争が始まった」という説明は間違っている事になる。
だが、その場の誰もが知っている。
サラマンダ候国に本来国としての意思などないのだ。
実質的にドライアド王国の影響下にある傀儡政府なのである。
すなわち、すべてはドライアドによる狂言。シルフィードと戦争をするための方便を作り出しているに過ぎないのだ。
そしてそれはすなわち、ドライアド王国が「ついに」動いたという事であり、シルフィードとの戦争において勝利する事を確信した上での動きであろうというのが大方の見方である。
「アキラ殿の話をうかがう限り、ドライアド側にエレメンタルという手札が渡ったという情報はなさそうだが……」
ファルケンハインはそういうと目を伏せているアプリリアージェに視線を向けた。
アプリリアージェ達の旅の目的の一つはエレメンタルを探す事であった。
それはすなわち「特定の勢力がエレメンタルの力を得る事がないよう」にする為である。
もしも既に他の勢力下に入っているエレメンタルを見つけた場合、その勢力から奪還する事も目的に入っていた。
奪還という言い方は間違っているかもしれない。正義は自分たちにあり、自分たちこそエレメンタルたちの居場所であるという考え方は確かに傲慢に過ぎるだろう。だが、どうあってもその勢力から引き離す事は決定事項であったのだ。
もし説得でそれが成されないようであれば、抹消する……それがアプリリアージェ達に課せられていた「勅命」であった。
アプリリアージェ達にはそれなりの勝算があった。
それは簡単な数の論理である。
水と風。二つのエレメンタルが一行にはいる。
ならばたとえ戦う事になっても二対一。エルネスティーネはまだ覚醒してはいないが、旅の途中で変化がある可能性もある。
おなじくこの旅の途中で、炎のエレメンタルが既に「消滅」している事を情報として得ていたから、残るは地のエレメンタルのみ。二対二になる事はないのだ。
エレメンタルを他勢力から引き離す事ができれば、圧倒的な軍事力を失う事になる。その上でエレメンタルは結託してドライアド側につかないという姿勢を示せば、戦争の勃発を遅らせる事が出来るだろう。
そう思っていたのだ。勿論、エレメンタルを求めている理由はその先にあるのだが、それはまた別の話である。
その考えが問題の先送りに過ぎないのは間違いは無い。だがシルフィードには開戦の為の準備期間が足りないのは明白で、それを少しでも稼ぐ事ができればという思いがあった。
とは言え、もちろんエレメンタルがその力をシルフィード王国のために使う事はない。
少なくともアプサラス三世はそれを望んでいたわけではなかった。
戦争の道具として使われないように……それが我が娘がエレメンタルである事を知った時からの前王の願いだったのだから。
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