第九話 最後のエレメンタル 4/4
「君の疑問と質問には全部答えたよ。今度は君が答える番だ」
ミリアがそう声をかけた。
グラニィの答えはもう決まっていた。そしてその言葉を耳にして、それは強い意志に変わった。声の調子に優しさ、あるいは親しみのようなものが混じっているように思えたのだ。
「どちらかを選べ、ということでしたな」
ミリアはグラニィにこう言った。
共に殺戮を行うか、あるいはミリアの敵となり死を選ぶか。
だがミリアは首を振った。
「選ぶ必要は無いよ。君はボクに協力、いやボクの描く設計図に乗ろうと決めてくれたんだろう? だったらもう選ぶ必要は無い」
「それはどういう意味でしょう?」
「君にはボクと一緒に殺戮を行う、なんていう選択肢はないんだ」
「え?」
「それとも罪もない人を大勢殺したいなんていう願望があるのかい?」
「いや、それは……」
「設計図を完成させるのはボクじゃない。ここは誤解しないで欲しい。完成させるのは君と、君の仲間だよ」
ミリアの言う事は漠然として概念的で、つまりグラニィには意味がわからなかった。あれほどの力を見せつけて賛同者に仕立て上げた挙げ句、自分に着いてくるなと言っているのだから。
「直接ボクの近くに居てくれる人間はもう足りているんだ。さっきも言ったように、心強い護衛がいるからね。この際だからついでに紹介しておこう」
ミリアはそう言うと手を少し上げて合図をした。
「彼らがボクの護衛役。殺戮と破壊の為に生まれた血に飢えた野獣達だ」
芝居気たっぷりにミリアがそう言い終えた時、一陣の風が吹き渡り、ミリアの左右に人影が立った。
「誰が殺戮と破壊の為に生まれたんですか?」
現れたのは二人のアルヴだった。黒っぽい服を纏っているが、それはグラニィの知る限り、どこの国のどの軍のものでもなかった。文字通りミリアの個人的な傭兵なのであろう。
「大将、お願いですから俺達を極悪人のように紹介するのはやめてもらえませんかね」
それぞれのアルヴは、出てきた早々、主人に対してグチをこぼし始めた。
「この間は『地獄を追放された狂気の惨殺者』、とか言ってましたね」
「その前は『悪鬼すら憎悪する偏執虐殺狂』だったっけな」
二人のやりとりをニヤニヤしながら聞いているミリアだが、彼らの文句には一切取り合わなかった。
「ひょっとしたらこの先も会う事があるかもしれないから、ちゃんと紹介しておこう。こっちのおっかないお兄ちゃんが、イブキ・コラード」
「あんたの名前は知ってるよ。大将に目を付けられた時点で気の毒だがあんたはもう詰んでたんだ。おっと、でも俺は同情はしないぜ。よろしくな、奇特なオッチャン」
ミリアに紹介された金褐色の髪のアルヴはそう言うと、グラニィに敬礼した。それは言葉使いに似合わぬ、美しいと言っていい素晴らしい敬礼であった。
「そしてこっちが、もっとおっかないお兄ちゃん、クシャナ・シリット」
「ミリア様の冗談にここまでつきあい続けたその忍耐力は聖人級ですよ、ゲイツ大尉、いえ少佐」
二人のアルヴは共に穏やかな表情を見せていたが、それぞれただ者ではない雰囲気を纏っていた。それがわからぬようでは武人とは言えないとグラニィは思ったが、同時にわざわざそういう「気」を纏って見せているのだという事に気付いた。
そもそもル=キリアの一員である。グラニィはスプリガンの部隊長として高位の機密文書を閲覧する権利を持っていた。従ってル=キリアに関する情報もそれなりのものを有していたから、イブキとクシャナの名前も資料で見た覚えがあった。
そのシルフィード王国の国王直轄の特殊部隊であるル=キリアの一員が、ドライアドのエスタリア領主の護衛をしているのか……。
だがそれは考えるまでもない事なのかも知れない。
同じように「選ばれてしまった」のだ。
悪魔のような目の前の金色の瞳を持つ男に。
グラニィはすぐに納得した。
だが、直後に違和感におそわれた。そしてそれがクシャナの言葉の中にあった事にすぐに思い至った。
「少佐?」
クシャナは一度大尉と言った後にすぐに少佐と言い直していたのだ。
「もともと二階級も階級が落とされたのは大将のゴリ押しだからな。検証の結果、不当に重い人事だと判断されて少佐に格上げ、そんでもってあるところからお声がけがあるっていう寸法さ」
イブキの説明にグラニィは眉をひそめた。
「あるところとは?」
イブキはグラニィのその質問を待ってましたとばかりに、意味ありげな笑いを浮かべながら謎めいた言葉を告げた。
「迎えが来るからじきにわかるさ。心配しなくてもびっくりするような奴がやってくるから楽しみにしてるといいさ」
「びっくりするような奴?」
グラニィの反芻に、しかし今度は誰も反応しなかった。
「さて、これで話は終了だ。ボクたちはこれで引き上げるとしよう。色々忙しくなるからね」
ミリアはそう言うときびすを返して林の中へ足を向けようとした。それを見てグラニィは慌てて声をかけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい、公爵」
呼び止められたミリアは足をとめて振り返った。
「何だい? 後の事は迎えに来た者に聞く方がいいよ」
「いえ」
グラニィは首を横に振り、続いて後方に顔を向けた。
「パンナイズを解放してやって下さい」
「ああ……」
ミリアは肩をすくませた。
グラニィの言うとおり、パンナイズはピクリとも動かず、そのまま放置されていたのだ。
「すっかり忘れてた」
言い終わるとほぼ同時にパンナイズが振り返った。即座に解放されたのだ。
「忘れてたって……ひどすぎませんか、ミリア様」
非難の声はパンナイズのものだった。
「悪い悪い。でも、問題は無いだろう? どっちにしろボクが立ち去れば君は呪縛から解放されるんだからね」
「大ありですよ。この後、ゲイツ少佐から要らぬ疑惑の目を向けられて往生するのは私なんですよ?」
「パンナイズ、これは?」
二人のやりとりを見れば明らかである。ミリアとパンナイズは旧知の仲なのだ。
「見ての通りだよ、ゲイツ少佐、いやグラニィ」
ミリアはそう言うとグラニィに目配せをした。
「彼も君と同じ。ボクの敵になる事を選んだ賢人の一人だ」
ミリアに言われて、グラニィは改めてパンナイズを見つめた。
「そう言う事です。まあ詳しい話は呑みながらでも。そろそろしらふでは辛いでしょう?」
パンナイズはそう言うと、ニヤリと笑って返事も聞かずに歩き出した。
グラニィは、さっさと先を行くパンナイズの後を追おうとして立ち止まった。
「どうしました?」
後を付いてこないグラニィに、パンナイズは声をかけた。
グラニィはミリアに挨拶をしていない事に気付いて振り返った。だが、そこにはもう誰の姿もなかく、ただ小さな花が一つ舞い散るだけであった。
「いや……いいんだ」
覚悟を決めるかのように深呼吸を一つすると、グラニィはゆっくりと歩き出した。
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